【番外編】私の10代 アンダーグラウンド 音楽紀行
*大人の事情で某雑誌に掲載されなくなりましたので、ここに貼り付けますー(文責:坂口孝則)
これまで、ブログに「私の10代 アンダーグラウンド 音楽紀行」を貼り付けた。
【第5回目】
http://cobuybtob.sakura.ne.jp/blog/?p=4294
【第4回目】
http://cobuybtob.sakura.ne.jp/blog/?p=4221
【第3回目】
http://cobuybtob.sakura.ne.jp/blog/?p=4209
【第2回目】
http://cobuybtob.sakura.ne.jp/blog/?p=4206
【第1回目】
http://cobuybtob.sakura.ne.jp/blog/?p=4203
そこで、思わぬ連絡があったので、備忘録として書いておきたい。
<【第5回目】のこと>
私はコークヘッドヒップスターズがビートルズの「デイ・トリッパー」をカバーしていたはず、と書いた。どうも、ニューキーパイクスだったらしい。
これこれ。なるほど、コークヘッドヒップスターズで検索しても出てこなかったはずだ。しかし、人間の記憶は曖昧なもの(遠い目)。
<【第1回目】のこと>
ある方から、 こんな写真が出てきた、とご連絡をいただいた。
いや、若かったんですね。全員。
<【第3回目】のこと>
猛烈な抗議をいただいた。「もっとめちゃくちゃだったはずだろ!」だそうな。ぼくはまったく記憶がなかったが、友だちとぼくは、次のような会話をしていたらしい。
「文化祭で『ノイズ演奏』と書いたら、選抜で落ちちゃうから、『ヒップホップ』って書いておこう」
「じゃあ、『必要機器:ターンテーブル』と書いて、申請しておくよ」
「本番で、『違うじゃないか』と怒られたらどうする?」
「ギターをノコギリで切ったら、まあ、それもスクラッチといえなくはないだろう」
「最後に、全員で『Yo!』とかいったらどうかな、広い意味でのヒップホップだろ」
繰り返すが、ぼくは一切、覚えていない。
なお、ぼくが在籍していたのは県内で一番の進学校だった。Tくんと一緒にパフォーマンスしたのだが、そのときの様子は凄すぎたようで後輩から「トラウマになりました」といわれたらしい(その後輩は、その後にジャズギタリストになった)。
<【第3回目】のこと>
将棋を指すパフォーマンスではなく、「将棋を指したあとに、その駒をぶちまけるパフォーマンスが正しい」とのこと。
*この写真からはわからないが、満員の客がいて、いきなり将棋をはじめたものだから、みんなは不安に駆られ、二人をよけた。
ドラえもんが憑依して、暴れだす、というパフォーマンス。Tシャツがコラプテッド、というのがすごい。
なお、これもぼくはまったく覚えていないのだが、楽屋を出た瞬間に、満員のお客から囲まれたという。とくに女性から囲まれたという。理由は、「将棋の駒が当たって痛かった」という苦情だったらしい。
<【第3回目】のこと>
当時、これらパフォーマンスに影響したのは、サミュエル・ベケットの不条理劇だったようだ。また、ピーク時の寺山修司。そして、別役実(そういえば先日、鬼籍の人となった)。ピーター・ブルックの「なにもない空間」などから発想を得ていたという。
たしか寺山修司は、睡眠薬入のスープを演劇の客に飲ませたりだとか、トラックで拉致して恐山まで連れていったりしていた。この真偽は知らない。しかし、そういうものに敬意を抱いていたのは事実だ。
ところで、ぼくは高校のとき、秋田昌美さんの「ノイズ・ウォー―ノイズ・ミュージックとその展開」を書店で新刊として並んでいてショックを受けた記憶がある。しかし、いま、アマゾンで見ると1992年となっている。これは、私の歴史とは合致しない。
また、ジャック・アタリの「ノイズ」も高校のときに読んだ記憶だったけれど、おなじくアマゾンを見ると1998年になっている。これもぼくが高校生のときではない。
なんと、人間の記憶は曖昧だろうか。
<追伸>
こうやって、高校のときの話を思い出したり、同時代の経験者から教えてもらったりすると、「こんなことばっかりやってたから、京都大学なんて行けたはずねーな」と思った。
しかし、高校から大学、そして社会人になってからも聴き続けた音楽のバイブは、いまだにぼくを揺らし続けている。