「持続可能な調達」を最低限正しく理解する 4(牧野直哉)
先週アンゴラ山羊の毛を用いた「モヘア」に関して、ユニクロを運営するファーストリテイリングが使用を中止する発表しました。マスコミの報道を追っていくと、南アフリカにおけるアンゴラ山羊飼育の実情と、自分たちの主義・主張を絡めて広く世間に周知する団体、主義・主張に対する企業の対応が理解できます。世の中で問題となるCSR調達や持続可能な調達が失われた場合、どんな業界や企業でも、ほぼ同じような推移をたどるはずです。今回の問題の経緯は、格好な学びの要素がたくさん含まれています。
今回の問題の発端は、5月1日のワシントン・ポストの記事です。ワシントン・ポストはWeb化、記事閲覧の有料課金を積極的に進める新聞社ですが、この記事は6月9日時点でまだ閲覧可能です。記事のポイントは、次の通りです。
・Zara、H&M、Gapは、モヘア製品の販売中止を決定している
・販売中止を決定したブランドが、調査された農場からモヘアを調達しているかどうかは不明
・H&Mは、すべての製品のソースを追跡しており、2020年までに4,700店すべてのモヘアを禁止
グローバルに展開するアパレル産業が、アンゴラ羊の毛を使用したモヘアを減量して使用停止を伝える記事です。記事の後半部分では、なぜ企業がこのような行動に至ったのかを説明しています。
そして報道を受ける形で、ワシントン・ポストの記事のネタを提供したと思われるPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会(英: People for the Ethical Treatment of Animals )のホームページに、調査内容の詳細を伝えるページが掲載されます。ページでは、南アフリカのアンゴラ山羊飼育の実情を伝える記事と動画が掲載されています。ホームページ上では掲載日が明らかではありませんが、記事の内容から類推するに5月1日以降にアップされたと想定できます。
そして、調査を受けた側である「モヘア南アフリカ教会」からの回答が5月7日に行われます。この回答書は、外部から問題点を指摘されたときの模範的な回答です。発表された内容は、次の通りに論旨が展開されています。
1.問題意識の共有化
2.指摘された問題について事実関係を明らかにするために調査を開始
3.これまでの取り組みと基本的な考え方の表明
4.事実が明らかになった場合の対処
5.モヘア原毛の販売停止処置
一部、PETAの公表内容に対して「南アフリカのモヘア産業の実態を正しく伝えたものではない」としながらも、公表内容に対しては極めて深刻な事態であると受け止めている点を強調し、迅速に調査すると文書で約束しています。この発表に含まれている内容と、論旨展開の順番は、外部から問題点を指摘された場合に、どんな業界でも使用できるセオリーに沿って行われています。特筆すべきは、報道から5日後である5月7日に発表されている点です。これ以上発表が遅れると、さらなる炎上を招いた可能性があります。極めて絶妙なギリギリのタイミングです。事実、これ以降の報道は、センセーショナルなものではなく事実関係を伝えるにとどまっています。
国内メディアでは、アパレル業界のニュースを伝えるFashion Networkが、5月2日にワシントン・ポストの報道を伝える内容を掲載しています。そしてその約10日後に「alterna online」が伝えています。
5月の中旬から約20日余りを経過して、やっと日本の大手メディアが、日本企業の動きを伝える形で報道します。
ユニクロも「モヘア」使用中止 世界のアパレル動く
2018/6/6 13:07日本経済新聞 電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31426780W8A600C1EAF000/
この記事に追従する形でFashion Networkでも、ほぼ同じ内容が掲載されました。日本経済新聞以外の大手新聞では、残念ながら報道は確認できませんでした。
この問題はまだ対応の途上にあり、まず「モヘア南アフリカ協会」の調査結果が待たれます。これらの報道から、CSR調達や持続可能な調達といった視点で、外部から問題点の指摘を受けた場合の対処方法のポイントは次の通りです。
(1)価値観の共有化
まず指摘された内容に対して、同じように問題だと認識している旨を公表しなければなりません。今回はアンゴラ山羊の飼育のさまざまな場面の動画が公開されています。かなり残虐なシーンも含まれています。まずその点については、問題点だと認識して改善の必要性を感じている点を強調すべきです。
(2)調査実行の約束
続いて、報道で伝えられている内容が事実なのかどうかについて、迅速に調査の約束です。仮に、サプライヤーにおける何らかの問題の指摘であったとしても、サプライヤーを調査して事実関係を明らかにすると約束し、速やかに実行に移す点です。
(3)公開された事実に関係しているかどうかはどうでもいい
これまでの同様な問題への指摘に、多くの日本企業は「サプライヤーがやったことである」とか、今回のケースであれば「南アフリカ産のモヘアは使用していない」といった主張で、発生した問題とは無関係であるといった主張が前面に出てしまいます。これは(1)価値観の共有化との観点で絶対に避けなければならない行動です。同じ原材料を使っているのであれば、指摘された内容に対して事実として関係はなかったかもしれませんが、それよりも企業として指摘された問題をどのように考えるのか、どのように行動するのかが重要です。
今回のアンゴラ山羊ですが、世界最大の産出国はアメリカです。だからこそ、アメリカの動物保護団体が声を上げていると想定できます。また、アパレルメーカーの反応を見ても、明確に産地が特定できないのが実情だと思います。アメリカのみならず、アジアでも今回問題になった南アフリカでも算出されますし、最も高級なモヘアとしてはトルコ産と言われています。このバラエティーに富んだ産地を見ても、2020年まで猶予を持った対応をアパレルメーカーが発表しているのもうなずけます。自社の調達ソースを解き明かして、飼育状況を把握するのは、年に1回から2回毛刈りのタイミングを前提にすればやむを得ないのです。
今回の問題では、アパレルメーカーが上手に炎上状態を回避しています。この業界は、これまでに何度も同じような事態に遭遇し、経験から学んでいるのです。ここで皆さんに着目していただきたいのは、ワシントン・ポストで報道されてからファーストリテイリングが対応を発表するまでの期間と、日本のマスコミの報道姿勢です。他の新聞やテレビの追従報道はありません。こういった内容は、日本国内ではニュースバリューがないと判断されているのです。しかし、グローバルに事業展開する企業では、こういった問題の対応は避けて通れません。アパレル業界はCSR調達や持続可能な調達の点では先進的な取り組みを行っています。他の業界は、そこまでの取り組みをマーケットや顧客から求められていないかもしれません。しかし、今後どの様な形で第三者的な立場の組織から指摘を受けるかもしれない可能性だけは心にとどめておきましょう。
(つづく)