バイヤーになって感じた最初の壁 最終回(牧野直哉)
【前回までのあらすじ】バイヤーになったもののなかなか進むべき方向が見つからず、悶々とした日々を送っていた私に、小集団活動のリーダーという大きなチャンスが回ってきます。「マニュアル作成」を意義ある活動にするための作成方法について思いを巡らせます。そして、私に気づきを与えてくれた図表がこれです。
この図表は、サプライチェーンを示す一番単純なものです。実際の業務プロセスは、それぞれの距離が近かったり遠かったりとまちまちです。そして上記の表では作業量はわかりません。ここで、一つのプロセスを取り出して考えてみました。
サプライ「チェーン」と言う位です。自分達が行なう業務の前と後ろには繋がりがあるはずです。製造工程を語る場合には「前工程」「後工程」という言葉を日常的に使用します。しかし、当時の調達・購買部門で、そのような発想はありませんでした。当然意識もしていません。自分達が執り行う仕事を生みだしているにもかかわらずです。そして、自分達の仕事の結果が、後工程にどのような影響を及ぼすのかについてもあまり関心がなかったのです。一言でいえば、とても視野が狭かったわけです。
どんな風にマニュアルを記載するかについて悩んでいた私は、次のような項目でマニュアルを作成することを小集団活動で提案します。ISOによる規定導入の流れもあり、文書だけは整っていました。そして、各文書について以下のような内容で業務内容を洗い出したのです。
1. ドキュメントの役割・機能(誰が××を行なって、○○という成果を出す)
2. 決裁区分(主任、課長、部長、それ以上)
3. 発行頻度(週次、月次、半期次、年次)
4. 前工程
(1) 担当セクション
(2) 前工程の目的
5. 後工程
(1) 担当セクション
(2) 後工程の期待
(3) 後工程の目的
6. 記載内容(言葉)の定義
7. 関連資料(もし、あれば)
8. 保管方法(要否、具体的な保管方法(場所、期間))
記載内容のポイントは、上記項目の4,5,6です。
1については、多少の違いはあってもほぼ同じ内容で理解されています。2は明確に金額で規定されていました。3も明らかです。
4,5を調査する過程で非常に興味深かったことがあります。それは、過半数以上の人間が、前工程・後工程がどこのセクションなのかを正しく理解していませんでした。当然、前・後工程でどのような作業が行なわれるのかを正しく掌握している人も少ない。その業務について、ただ目の前にきた書類だけをみて、機械的に処理を行なっている状態だったのです。一つの例を提示しましょう。
当時、一定期間毎にサプライヤーへ一斉に見積依頼を行なっていました。翌会計期の購入単価を決めるのが目的です。見積依頼をおこなうアイテムは、調達・購買部門からは、自動的に出力されているように見えました。出力された内容は、サプライヤーを担当するバイヤーがチェックし必要に応じて追加/削除を行なっていました。このアイテムの「追加/削除」作業は、これといった基準を調達・購買部門として持っているわけではありません。時に「なんで、こんなアイテムが」と思わせるものがリストに掲載されていました。
サプライヤー毎への一斉見積依頼と価格決定は、バイヤー業務の根幹といっても良い業務です。勝ち取った成果によって、バイヤーの優劣の一面も決まります。見積対象アイテムの一覧表が出力されたら、それは意気揚々と交渉戦略に思いを巡らせるべきですね。見積依頼を行なうアイテムとなった根拠がわかりづらく、多くのバイヤーにとって、厄介で面倒くさい作業になっていたのです。
そして、マニュアル作成に際して、前工程にさかのぼって確認を行ないました。なぜ、バイヤーの意図と異なるアイテムが、見積依頼リストに登場するのか。その理由をおっていくと、生産計画部門でどのようなアイテムで見積依頼を行なうかを毎回検討していることがわかりました。アイテムの決定、特に新しいアイテムの追加は、営業の販売見通しが重要な根拠になっていることも判明しました。調達・購買部門では「面倒くさい」と判断されていた。しかし前工程では、情報を集め展開し討議を重ねていたわけです。
最終的に、前工程にさかのぼって確認した内容をマニュアルに追加しました。そして、前工程の熟考の上での追加アイテムであれば、調達・購買部門で見積依頼時点でのチェックを行なわない事としました。新規のアイテムは見積依頼通りに生産が立ち上がっているかを確認するという事後のチェックをおこなうことにしました。
このような例をいろいろな場面で発見することができました。具体的な業務改善だけではありません。サプライヤーへの支払いに関するマニュアルでは、経理に関する知識や、使用される言葉への正しい理解と使用がないと正しく業務が遂行されない可能性もあります。例えばこんな事例です。
「御社の買掛金ですが」
電話口で、ベテランバイヤーがサプライヤーと話をしています。そのバイヤーは、サプライヤーから購入したことで自社に発生した買掛金のリストを参照していました。
電話の相手は、サプライヤー側の担当者か、経理部門のかたでしょう。長年の取引の中で、細かい言葉には無頓着になっているのかもしれません。しかし、バイヤーがサプライヤー相手に「御社の買掛金」という使い方をするのはおかしいですよね。問題なのは「買掛金」という言葉の持つ意味を理解せず使用することですね。バイヤーから話をする際に、ただしくは「御社の売掛金」です。もし「御社の買掛金」という言葉で、一連の確認作業がすんでいるとします。暗黙の共通認識があれば問題も起きないのでしょう。しかし、暗黙だと周囲も誰もわからない。これは、潜在的なリスクに他ならないわけです。(ちなみにこのエピソードの後、経理から担当者を招いて勉強会を開催しました)
この活動によってまとめられたバイヤー向けのマニュアル。最終的には、キングファイル数冊分のボリュームとなりました。調達部門への新規加入者向けに抜粋したダイジェスト版を作成して、配布することも決まりました。私にとっては、調達・購買業務を深く学ぶ絶好の機会となりました。
ときどきバイヤーになりたてのかたより、読むべき文献のお問い合わせをいただきます。現在は様々な経歴をお持ちのかたが「調達・購買」を論じておられます。私は、日本で発行されているかつ、入手可能な調達・購買本をほぼすべて読んでいます。しかし、どの文献にも自社の仕組に根ざす問題の解決策は書いていません。多くの文献を読み込むのと同時に、自社の仕組への深い理解が必要なのです。私が知る多くの優秀なバイヤーの皆さんは、文献にあるセオリーと自社の仕組をクロスさせて理解されています。したがい、企業の枠を越えた議論が可能となるわけですね。自社の仕組には、日々仕事をしていても感じないかもしれませんが、実は多くの問題点が抱えているのです。それを一つ一つひも解いてゆくことで、バイヤーとしての成長も可能です。悩みに対する答えは、意外に近くに、すぐそこにあるかもしれない。ただ掘り下げていないだけなのです。私は、バイヤーという仕事を理解する過程で、そんなことを学んだのです。