餃子事件とバイヤーの責任(牧野直哉)

今、中国でこの記事を書いている。出張で上海に来ているのだ。

宿泊先のホテルで見たNHKの国際放送からは、一昨年に日本列島を震撼させた毒入り餃子事件の容疑者逮捕のニュースが流れている。容疑者は、同僚との人間関係や、待遇面での不満への腹いせに毒を混入させたことを認めているという。

日本で被害者(3家族10人)が発生したこともあり、当時マスコミでは大きく報じられた。スーパーマーケットには国産と銘打った野菜が多くなり、冷凍食品も多くの原産国が台湾と変更されていった。報道内容についても、日中両国のマスコミ共々フェアーさを失い、感情的な内容が多かったと感じている。そして、時間をおいて行われた検証的報道によっても、中国での食料生産における安全性の問題に絡めたスタンスが目立つ。食糧自給率が約4割の日本にとって、お隣の国でのこのような問題にたいする警鐘には一定の意義を感じつつ、今回の問題をバイヤー的視点で振り返ってみたい。

この事件で問題が起こった製品が日本の家庭に届けられるまでのサプライチェーンは以下の通りであろう。

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上記の図によってご理解いただけるとおり、今回の事件では日本の企業による、そして日本国内で行われた「買い」の行為が4回存在する。これは、マスコミの報道内容によって作成したものであるが、食品の輸入では一般的なルートといえる。

日本企業により、もしくは日本国内で行われた「買い」の4回の行為のうち、少なくとも3回はプロフェッショナルな知識と経験を兼ね備えたバイヤーによって買われたものだ。④の「買い」は、一般消費者が最終消費者として購入するので、特に品質に関しては販売者の信頼しているはずだ。そして、販売者は最終消費者が求める品質に関する信頼を確保する義務を負うことになる。今回の問題は、①~③の「買い」の中で、品質に関する問題がどのように確認されていたかである。

問題となった製品では、製造工場で既に消費者に販売される為のパッケージングが行われていた。容疑者逮捕によって、毒を混入させた注射針も見つかっているというから、完成後に一連の行為が行われた事になる。工場で完成状態になった製品を、工場を出荷して後にそれも内容物の品質を確認することは、バイヤーには大きな困難を伴うであろう。私のような機械部品のバイヤーには想像がつかない。

事件発生当時に輸入者となっていた会社は、現在別の企業によって運営されている。輸入者と小売り業者の間の中間業者には、この事件を受けて「品質保証体系の再構築計画」なるものを行っているとホームページ上で説明を行っている。そして、第三者による調査経緯についても資料がPDF形式でダウンロード可能になっている。私はすべての資料目を通してみた。そして、市場ニーズである低コストと高品質という、相反する要求の両立を同一サプライチェーンの中で実現しなければならない難しさを改めて認識するにいたったのである。

ここでもう一つ、興味深いレポートをご紹介する。JETROのホームページに掲載されていた「徹底したコスト削減を追求する現代自動車−中韓企業躍進への対応」という記事である。詳細の内容は記事本文をお読みいただきたいのであるが、日系部品メーカーと韓国系部品メーカーに価格差が存在すること。そしてその価格差の発生源には、品質への取り組みが関係していることが書かれている。

餃子の事件を教訓に、中間業者として当事者となった企業のホームページに掲載されている「品質保証体系の再構築計画」には、具体的な製造工程での取り組みを「絶えず確認を積み重ねる」としている。私自身、適正な品質とは何かについて日常的に悩み続け、未だ答えを見いだせていない状態である。常に答えを求めて模索を重ねていると言ってよい。

絶えず確認を積み重ねる」とした当事者企業にとっては、品質確保は終わりなき旅であることを理解したのかもしれない。もう一つご紹介したレポートでご理解いただけるとおり、品質の追求とはある意味でコストとの戦いでもある。しかし、コスト削減を目的に、品質確認をおこたることは許されない。このデフレといわれる状況の下、品質へのこだわりは強くなり、一方で低価格への要求は強まる。バイヤーは、どうしても低価格となる対応に軸足を置きがちであるが、それで安易に無検査での納入を奨励することなどできない。

では、いったいどうすればよいか。

このような問題について、私は明確な答えは出せない。先にご紹介した「品質保証体系の再構築計画」をお読み進めていくうちに複雑な心境になった。ページに掲載されている内容を実践されている担当者の苦労を想像したと同時に、なにか釈然としないものを感じもしたのである。では、この問題に対して、原因に対して明快な解決策を提示できるかといえば、私が起こった事象に対して、対策を見いだす立場にあっても、表現こそ違うかもしれないが同じような精神論的なものになっているに違いない。そういった自虐的な内容によって相手の琴線へのアプローチをおこなうしかない、そう考えるだろう。

なぜなら、こういった事への対応は、起こっている事象への正しい対処を膨大に積み重ねていくことでしか実現できないからだ。とても簡潔にホームページで表現できる内容ではない。労働災害の発生確率を表すハインリッヒの法則にも有るとおり、重大災害の陰には、軽傷災害が29件、ヒヤリ・ハットに至っては300件起こっているとある。300件のうちになんならかの対処を行うことで、労働災害から命を守る重要性を説いているわけだ。

餃子事件でも、日本で被害者が出る数ヶ月前に既に異臭や梱包の染み、実際に検査を行って有機溶剤の存在までが報告されている。後からはどうとでも言えるが、通常のサプライチェーンでの製品が移動する経路を考えたときに、存在する可能性があるものなのかどうか。どこで、どんな経緯で梱包に染みが残るに至ったのか。この点により深くこだわっていれば、今回の事件が起こらなかったかもしれない。我々は深く考えなければならない。どうやって気づかせるのか、どうしたら深くこだわれるのだろうか、と。

これは買いの最前線で当事者となる我々バイヤーにとって避けることができない大きな課題であるといえる。実は、こういった失敗の事象をデータベース化しているページもある。過去の失敗から学ぶこと、そして一番大事なことは、バイヤーとしてそして、組織として目をつぶらないこと、逃げないことだ。そしてそこから見いだした事実に対処するしかない。一方でコストにも目を配るのがバイヤー。大変な仕事だと改めて気づかされるのである。

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