身近なギモンから始まる調達・購買学(坂口孝則)
今回もまた、増刊号なので通常号とは異なった視点から調達・購買を論じてみたいと思います。
突然ですが、ボジョレー・ヌーヴォーの話です。読者のなかで、どれだけワイン好きの方がいらっしゃるかはわかりません。ただ、このボジョレー・ヌーヴォーを例に、調達・購買を論じてみたいのです。
昨年(2009年)の11月に、ボジョレー・ヌーヴォーについて、「不景気で人気に衰えが出たので、値下がりした」という報道がなされました。ほんとうかよ、です。また、「需要が少なくなり、平均価格が25%も減少した」とも伝えられることもありました。
さきほど、「ほんとうかよ」と言ったものの、価格が下がったのは確かのようです。実際に、成田空港や関西国際空港では、毎年恒例のボジョレー・ヌーヴォーの緊急空輸便が減少し、緊急通関の数もだいぶ減ってしまった、とのことでした。それは中部国際空港のような他の空港も例外ではありません。
しかし、私はこのとき、どうも違和感を抱きました。そりゃあ、ボジョレー・ヌーヴォーの人気に陰りが出た可能性はある。でも、需要がそんなに急激に落ち込むものだろうか、と。高級食材であればまだ分かります。
ただ、ボジョレー・ヌーヴォーは、やや高めだといっても、一本あたり3000円くらいです。「需要が少なくなったからといって、突然、25%の値下がりが『ありうる』ものだろうか」。私の疑問が浮かびました。
私は、かなり頭が悪いと自覚しています。ほとんどのことを、自分で実践したり、確かめたりしないと理解することはできません。どんなに常識だとされているものであっても、自分の実証抜きには信じることができないのです。
そこで、私は複数人の3PLに意見を聞きました。3PLとは、このメルマガを購読なさっている人であれば、説明は不要かもしれません。「サード・パーティー・ロジスティックス」のことです。要するに、物流の仕組みを作ったり、企業から物流を一括で請け負うことによりコストを下げたりする人たちのことですよね。まあ、そういう人たちに訊いてみたわけです。
すると、面白い事実がわかりました。これまで、ボジョレー・ヌーヴォーは、「出荷解禁日」と「飲酒解禁日」のあいだがかなり短いスパンだったらしい。4日から5日しかなかったというのです。しかし、「2009年は事情が異なった」とも。
2009年は、その「出荷解禁日」と「飲酒解禁日」のあいだのスパンは、2週間から3週間だったようなのです。これまでは短期間だったので、緊急便を稼働させていたところを、2009年には通常便に乗せることで対応したようでした。
一般旅客機に乗せて運べば、それまで一本あたり1000円から1500円ほどかかっていた物流コストを削減できる、というわけです。これまでルフトハンザはドイツまで緊急便のトラックを何台も走らせ、そこから緊急空輸、緊急通関をしていたわけですから、それがなくなったとすれば、どれだけのコストが浮いたのでしょうか。想像すれば、そのコスト効果はすごいものがありますよね。
そこでもう一度振り返ってみましょう。「不景気で人気に衰えが出たので、値下がりした」という報道、「需要が少なくなり、平均価格が25%も減少した」という報道は何だったのでしょうか。おそらく、記者が調べていなかったのですね。
もちろん、需要と供給というファクターは大変重要です。マクロ経済的なこの因子によって価格が決まることは大変多い。でも、物流というコストを無視しては、ボジョレー・ヌーヴォーの価格は語ることができなかったのです。
生きているなかで、自分が何か疑問に思ったこと、他人からの説明でどうにも納得いかないこと。これは調べてみるに限ります。おそらく、ほとんどの人はニュースの解説を訊いたり、他人からの概要説明で満足してしまいますから、それを自ら調べる人はひとんどいません。だから、それを調べた人にのみさまざまな果実が与えられる、というわけです。
これまで、誰も指摘してくれませんから言ってしまうと、私が書いた書籍のほとんどは、自分の疑問から始まっています。なぜ、「営業と詐欺は紙一重なのか」。なぜ、「牛丼の原価はあれほど低いはずなのに、利益が高くないのか」。なぜ、「日本は製造業にしがみついてはいけないのか」。それらは、疑問を解決するというプロセスのなかで、「本ができてしまった」のです。世の中の疑問を、自分の言葉で語り解決する人はいつでも求められます。みなさんも、日々の仕事のなかで疑問を感じたら、立ち止まって考えてほしいのです。
さて、もう一件だけ追加しておきましょう。オフィス街で働くビジネスマンから、このような話を聞いたことがありました。「月曜日は定食屋のランチメニューが充実している」というのです。正確には、「日替わりランチ」の中味が盛りだくさんらしいのですよね。でも、こんなことはありうるでしょうか。私は仮説を立てました。
「仮説1・定食屋が、ビジネスマンのために、一週間を元気よくスタートしてもらおうと、食材を豊富にしている」。
「仮説2・そのビジネスマンが、錯覚を起こしており、実際は月曜日のランチメニューの中味はさほど変化があるものではない。むしろ、そのビジネスマンがその前日まで食っていた奥さんの手料理があまりに貧相なものだったので、ついそう思ってしまうのではないか」
「仮説3・月曜日は何らかの理由によって、食材調達コストが安くなる」
まあ、この程度の仮説を立てました。それから、複数の人にヒアリングをしてみます。私がものを考えるというプロセスは、これらの仮説が覆されるときの「快感」に愉しみがある。いや、そこにしか愉しみはありません。
今回は、簡単にいうと、それらの仮説はすべて間違いでした。真の原因は、「オフィス街の定食屋は土日が休みなので、金曜日に余ってしまった食材をまとめて月曜日に使っている」ということだったのですね。なんだよそりゃ、です。
でも、一度こうやって調べれば、話のネタにはなります。それに、ここから発展させていけば、「月曜日には定食屋で食事をするな」という本だって書けるかもしれません。私は書きませんが、どなたかご利用であれば、どうぞ(笑)
このように、日常の疑問にたいして、既存の答えで満足することなく、仮説と検証を繰り返すことでパワーアップできます。なので、たいしたことのない例でしたが、あえて申し上げました。
たとえば、最近話題のトヨタのリコール問題についても、ニュースで報じられていること以上の想像がたくさんできます。たとえば、「ニュースでは、『ものづくり』力の低下だといわれているが、ほんとうにそうだろうか。なぜなら、ABSは設計の話であって、『ものづくり』ではない。単に設計段階でのミスではないか」とか。「ニュースでは、日本の製造業は品質にお金をかけなくなってきた、と報じられるがほんとうか。むしろ、日本の製造業は品質に異常なコストをかけるようになってきたのではないか(坂口注・実際に近年では、製造業が品質教育にかけるコストは、減少どころか、むしろ上昇に転じている)。トヨタ問題は、単にアメリカの政治圧力である可能性が高くないか」など、多くの仮説ができあがります。
私は先日受けた雑誌のインタビューで「あれは、アメリカのサプライヤーをいかに管理するかという調達・購買に関わる問題ではありません。また、『ものづくり』の問題でも、品質レベルが低下したなどという問題でもありません」と申し上げました。私は単にアメリカの政治問題だ、という考えですが、それは良いとしても、原因の追求が終わっていない段階で、さもトヨタ自動車の凋落を語るのはあまりに早計だと思うのです。その後、あくまでも私の仮説ではあるものの、検証を繰り返した結果に至った「真の原因」を申し上げました。オリジナルな視点だったので、大変喜んでくれたようです。
これも、単にニュースを聞くだけではなく、仮説思考を繰り返した結果だ、とまでは言いません。ただ、オリジナルな観点や考えを持つには役立ったはずです。
ビジネスマンにこれから求められるものが、「オリジナリティ」「その人にしかできない仕事を探せる能力」であるとするならば、この「疑問を持ち、仮説を構築し、調べる」ということは、強調されすぎることはありません。私は最低でも一日に3冊は本を読もうと心がけていますが、それは日々の生活のなかには疑問がたくさんあるからです。それらを一つひとつ解き明かしていけば本が一冊書けてしまうのですから、簡単ですよね。「おめえだけだろ」ですか? いや、そんなことはありません。きっと誰しも疑問を抱くはずなのです。
そこで、私は思います。これまで私が出会ってきたバイヤーはなんと「不器用な人が多いのだろう」と。そして、その「不器用さ」こそが、その人たちを優秀にさせてきた要因ではなかったか、と。不器用な人は、なかなか既存の答えに満足することができません。自ら動き、検証することなしには、知識を血肉化できないのです。その意味では、不器用な人も悪いもんじゃない。そう思うのです。