ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)

● 新・交渉論 1~交渉の初期段階におけるバイヤーの役割

今回は、前回に引き続き交渉がテーマです。交渉の実践に際して、次の三つのプロセスで論じてゆきます。

1. 準備

2. 交渉実行

3. 交渉結果のレビュー

交渉論については、様々な文献がいろいろな言葉を用いて、その手法を説明しています。どんな文献にも共通して述べている事、それは準備の重要性です。ここで、前回定義した「交渉とは」を、再度登場させます。

「それぞれ利害関係にあり、意思決定権をもつ2社以上が、自社にもたらされる利害の調整を行ない、その結果を同一の目的として共有し、目的達成のために実行へと移すことを約束する一連のプロセス」

この定義によると、なによりもまず「目的」が必要となります。この目的の設定については、二つのケースが考えられます。

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① トップダウン型

上司の指示であったり、市場からの要求であったり。最近であれば、生き残るためにといったケースもあるでしょう。このタイプの目標には、往々にして妥当性を欠いているケースが多いはずです。上司の指示や市場の要求、生き残りにしても、交渉相手であるサプライヤーにとってみれば、 自分達に関係ないと見なされてしまうためです。従い、このような目標に基づいて交渉を行なう際には、目標に論理的な妥当性・整合性を持たせること、それが自分達の主張へ説得力を 持たせることに繋がります。

② ボトムアップ型

トップダウン型と比較すると、自ら目標を設定するという、モチベーションの観点からすれば好ましいスタイルです。最近では、人事評価と連動した目標設定管理の実践により、自ら業務上の目標設定を行なうケースも増えています。このケースでは、主体的な目標設定となる反面、チャレンジングな目標が設定しづらいとの欠点があります。

いずれのケースでも、交渉の準備を行なう為に重要なことは、主張内容に戦略性と大義を兼ね備えているかどうかです。戦略性については、この準備の最後で説明しますが、大義とは非常に抽象的ですね。例えば、国家間の外交交渉を例に取ってみます。

昨今の日本を取り巻く海外諸国の関係でも、日本から見れば理不尽ととれる他国の主張も多いですね。しかし、思い返してください。理不尽ととれる主張を、いずれの国も堂々と行なっています。我々はこう思う、考えると 明示しているのです。自分達の論理に微塵の矛盾もない姿勢と写ります。大義とは、自分達の主張を昇華させるべきものであるともいえます。でないと、あそこまで理不尽なことを堂々と主張できないでしょう(笑)。 そして、主張を大義にまで高めるために、準備は不可欠なのです。

先ほど提示した定義によると、交渉で行なうことは、

・利害の調整

・交渉結果の共有

・意思決定して、実行

の3つです。この3つの具体的なアクションへと導く「準備」とは、次の3点です。最終的に交渉の際の「力」となる三つの要素です。次の三つの要素に、それぞれ異なった準備が必要となります。

(1) 自社(者)ポジショニングの確認

(2) 交渉相手とのリレーションの確認

(3) 交渉者のスキルの確立

この3つの具体的な準備を含めた、交渉を概念図は次の通りです。それでは、それぞれの細かい内容をみてゆきます。

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● 自社(者)ポジショニングの確認

ポジショニングの定義は、バイヤーが所属する法人そのものが持つ力の源泉です。すなわち、規模であり、売上であり、歴史であり、技術力であり、販売力であり、生産力となります。 我々バイヤーが行なう交渉では、そもそもポジショニングが購買力へ与える影響は絶大です。交渉者がそもそも持っている力であって、これはどんなバイヤーにも同様に作用します。 そもそも持っているものなので、正しく認識する以上に強めたりしにくいのが難点です。

ポジショニングは、交渉相手に対して相対的なものとして、強弱で評価します。具体的には、

・ 代替性(他に同じもの・サービスを供給可能なサプライヤーがいるか否か):決裂リスクを考慮

・ 交渉相手の売上に占めている(占めるであろう)割合:重要度(影響度)

・ サプライヤーの需給状況(暇か逼迫しているか):実現可能性
(上記三つ以外にも、地理的に近いかどうか、グローパル展開しているかどうか等)

となります。そして、このポジショニングの確認に必要な準備としては、相対的に自社が弱いと判断された場合の対応がポイントです。実際の準備作業としては、

・ 同業他社の存在と、能力調査

・ 交渉対象サプライヤーとの取引額分析

・ アウトプット能力と、実際のアウトプットの調査

上記のデータを、複数年分を俯瞰する、フローとして読み取ることが重要となります。

● 交渉相手とのリレーションの確認

これは、交渉に先だって相手との信頼関係の程度を計る作業です。この部分の詳細は、是非、本有料マガジンのバックナンバー16号以降に論じた「サプライヤーマネジメント原論」をご参照頂きたい。ここでは、ポジショニング同様に、定義、判断基準、準備方法のポイントを述べます。

まず定義です。交渉相手サプライヤーとの、交渉時点での関係の状態となります。具体的には、過去からの積み重ねをベースにした観点と、交渉時点、そして将来(意思)の観点でのものです。

そして、その判断基準は、サプライヤーマネジメント原論でもお話ししたとおり、サプライヤー担当者および、関係者の訪問等コンタクトの頻度と、バイヤー企業への基本的な貢献度(QCDDP)という、まさにサプライヤー評価そのもので測ります。そして、過去に両者間に発生した問題点へ、具体的にどのように対応したか、過去の打ち合わせにおける議事録によった、過去の経緯による信頼関係有無の判断も重要です。

そして準備方法は、バイヤーおよび、関連部門担当者の、サプライヤーとのコンタクト頻度をカウントする。そして日常業務でもある定期的なサプライヤー評価の実施と、評価。過去の打ち合わせ議事録等のデータベース(DB)化等 が挙げられます。

● 交渉者のスキルの確立

交渉に際しての個人的なスキルの有無を判断することは、非常に難しいです。そこで、交渉者の上位者の視線で、部下を交渉主体者として送り出す場合の信頼感をキーに、提起してみます。

まず、前述の「ポジショニング」を掌握し、「リレーション」を構築する能力が必要です。これを具体的にすると、QCDDPに関するデータ及び、情報収集・入手能力と、分析評価能力となり、まさにバイヤーの基本といえます。そして、人の話を聞く能力及び、自社の希望・要求を、サプライヤーに理解させる能力、いわゆるコミュニケーション能力が挙げられます。交渉者のスキルといえば、交渉術として、フットインザドア、ドアインザフェイス、ローボール、ハーバード流、ユダヤ流といったものが紹介されています。そういった交渉現場でのいろいろな手法を駆使する前に、今回述べているポジショニング確認と、リレーションの構築能力がなければ、そもそも様々な手法も行使できないと考えるべきなのです。

そして、交渉準備に関する結論です。

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上図の通り、あるべき姿+3つの現状分析をベースにして、交渉戦略を導きます。交渉戦略には、

1.現状分析(ポジショニング、リレーション)

2.あるべき姿(目標設定)

3.決裂リスク(ポジショニング、リレーション)

4.提示条件(目標設定)

5.交渉実施者(個人スキル)

6.スケジュール(個人スキル)

7.代替案(目標設定)

といった内容が網羅されていなければなりません。これら内容を押さえることによって、実際の交渉へと進むことができるのです。

<つづく>

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