ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・これからの交渉の話をしよう

私が処女作である「調達力・購買力の基礎を身につける本」を上梓した際に、もっとも多い批判は「この著者は交渉を否定しているのでケシカラン」というものだった。

ただし、考えてみるに、誰だって交渉などしたくないし、交渉をせずとも良い結果を手に入れることができればいいではないか。すなわち、交渉力を身につける以前に重要なのは、交渉を必要としない仕組みを作っておくことだ。

そのメッセージを理解してくれた人は半分、残りの半分の読者は残念ながら理解いただけたとは言いがたい。これは私の伝え方がマズいところもあったのだろう。

そこで、今回は正面から交渉というものを考えてみたい。この場合の「交渉」とは、「相手に頷かせる技術」と言い換えても良い。人と人とがなんらかの会話をし、なんらかの結論を導くとき、どうやったら自分に有利な結果を導くことができるだろうか。

まず交渉を考えるときに、三つの前提をおいておきたい。

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1.そもそも交渉以前の場合がある
バイヤーが「価格を下げてくれ」といい、営業マンが「これが限界だ」と言い返す場面がある。ただし、この場面においてはバイヤーはまずコスト分析をするべきだ。これを交渉論の舞台とすることもあるけれど、これは交渉以前の話だ。価格分析をしっかりやること。そのうえで、現在の価格が限界ではないにもかかわらず、相手が「下げたくない」場合に、交渉の余地があると考えるべきだろう。

2.無理やり引き受けさせることが交渉ではない
嫌がっている相手を脅したり、あるいは駆け引きで有利な条件を引き出すのは、今回の範囲ではない。

3.会社によって交渉力が異なるのは当然
会社の購入量によっては交渉力が高まり、かつ取引の歴史にも左右されるのは現実。よって、会社間の交渉の事例は、ときに役に立たない。大会社のバーゲニングパワーを利用した交渉術を学んだって、中小企業は使えないだろう。少なくとも鵜呑みにはできない。ここでは、力関係がイーブンである個人間の交渉をもとに説明したい。そこから業務へのアレンジはみなさまの応用力を期待している。

そこで、次に交渉の基本的な考え方を説明したい。これまで、私は数々の交渉論を読んできた。ただ、どうもそれが馴染めないのだ。「交渉は、事前準備に何倍も時間を費やせ」とされてきた。なるほど、それはそうなのだろう。しかし、残念ながら、それを実践している人は、ほとんど知らない。そのコメントをくれた先輩も、事前準備をしているようには思えなかった。だいたい、ただでさえ忙しいのに、何倍もの事前準備時間を確保できる人などいるのだろうか。

ここでは、そのような通俗的な交渉論ではなく、原理原則を述べてみたい。たとえば、ミルトン・エリクソンなどの心理学的アプローチから、交渉は次の3段階を経れば良いことが明らかになっている。

1:同化~相手と同化する
・相手と別々の立場ではなく、一致した立場であることを醸成する
・相手に入り込み、同化する
・同化したあとに、交渉を開始する

2:不満~相手の不満(or 要求)を聞き出す
こちらが提案したいことではなく、まず相手の不満(か要求)を知る
なぜ、その不満を抱くようになったのか、その要求を抱くことになったのかを知る
不満(か要求)を完全に聞き出したのか確認する

3:合致~不満(or 要求)に合う提案を行う
相手の不満(か要求)について、こちらの認識が正しいか確認する
相手を満足させるような提案を行う
クロージングする

それに、もう一つ交渉というものを語るときに「コミュニケーション」が話題になる。なんでも交渉者はコミュニケーションが達者でなければならないらしい。では、そのコミュニケーションって一体なんだ? それをちゃんと定義できる人は少ない。

ここでは、辞書的な「社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。言語・文字・身振りなどを媒介として行われる」というものではなく、もっと簡単に「他者と話をあわせることができ、相手の言いたいことの核をつかむ。自分の意見を正確に伝える」とでも定義しておこう。

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ここで、再度、交渉の話に戻る。交渉が上手く運ぶように目論むとき、3段階を経るべきだった。「同化」「不満」「合致」、この3段階である。この心理学アプローチを応用するところに、私の交渉論のほぼすべてがある。

これまでの交渉論とは違う論を私は始めようとしている。この3段階を経ることが、交渉を成功させる唯一のテクニックであり、かつ世の中に流布する交渉論は、この3段階の応用でしかない。そう私は思う。

次回以降は、この「同化」「不満」「合致」というステップをいかに交渉の現場に応用していくか、実践によって成果をあげていくかを説明していく

<つづく>

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