日本を語る構図の変化(牧野直哉)

最近コストダウンに関する論調で、非常に気になる内容を目にすることが多くなった。そんな論調に対しての私の考えを述べたいと思う。

論調とは、とある自動車メーカーの大量リコール問題は、

・無理なコストダウンをサプライヤーに強いた

・結果によって軽視された品質軽視が原因

といった内容だ。

私はこの「ほんとうの調達・購買・資材理論」で、品質とコストはトレードオフの関係にあることを書いた。そして組み立てメーカーからのコストダウンの要求が強かったからといって、品質を軽視して良いことにはならないことも併せて述べた。コストダウンと品質確保の両立とは、非常に難しい問題である。しかし、この難しさからものづくりにたずさわる人間は絶対に逃げられない。地道に取り組むことでしか解決の道はないのである。その一翼を担う存在に我々バイヤーもある。

私が非常に気になる点とは、組み立てメーカーからのコストダウン要請が強くなっていった時期と、その組み立てメーカーが史上最高の利益を更新していった時期が合致することをとらまえて、サプライヤーから利益を搾取したかのごとくに報じられる点だ。私は、こういった視点そのものが由々しき問題であると感じている。

この視点の根底に流れる考え方とは、

組み立てメーカー:強者
サプライヤー  :弱者

という構図だ。私がバイヤーとしての使命感を持って、あるべき姿を探し求め続けている「共同調達・共同購買」にしても、日本でのルーツを探るとこの考え方に行き着く。高度成長期に大手メーカーと、大手メーカーを顧客とする中小サプライヤーのあらゆる面での格差が問題となった。バイイングパワー面での格差是正策としての規模の拡大を志向し提示された解決策が「共同調達・共同購買」なのである。 しかし、成果が出ているとされる「共同調達・共同購買」にしても、このような視点に立脚した弱者連合での取り組みではない。

とある自動車メーカーの問題に端を発して語られるいろいろな主張の中に見え隠れする「サプライヤー=弱者」という構図。それでは多くの組み立てメーカーに勤務するバイヤーは、弱者救済という考え方に沿って仕事をしなければならないのだろうか。私は、この「サプライヤー=弱者」という考え方に今の日本のものづくりが抱える根源的な問題を見いだしている。簡単に言えば、サプライヤーとは決して弱者ではないし、バイヤーはそのような考え方に基づいて仕事をすべきではない。

ここ数回、私の記事に登場する「日本の産業を巡る現状と課題」という経済産業省からの資料の23,24ページに、日本の開廃業率にまつわる話が提示されている。話を簡単にまとめると次の通りになる。

・ 日本は相変わらず廃業率が開業率を上回っている(=法人企業数が減少している)
・ 産業構造の上位に位置する大企業がグローバルマーケットでの競争に勝てなくなったので、中小企業が苦況に立たされている。
・ 一部に、中小企業の集積を活かした新しい事業や、新規顧客の獲得の動きもある

そして、これらのページで使用されている資料に、開廃業率をわかりやすく比較したグラフがある。グラフのデータは、2008年度の中小企業白書からの引用だ。繰り返すが、2008年度中小企業白書である。

日本の産業を巡る現状と課題」は、2010年2月に発表されたものだ。ということは、2009年度中小企業白書からも同じデータが引用されてしかるべきであるが、2009年度中小企業白書から2008年度版にあるような開廃業率のグラフをみつけることはできない。2009年度版の62ページに2008年度版参照との注意書きがあるのみである。なぜ、このような変化が起こったのであろうか。私はこの変化を 画期的なものとして受け止めている。この変化は、大企業に搾取される中小企業といった従来当たり前に語られていた常識、中小企業=弱者といった構図への疑問が呈されたものであるからだ。弱者であり、手をさしのべるべき相手との見方との決別である。

実は、中小企業白書の2008年度版と2009年度版には、これ以外にも大きな差がある。それぞれの目次は以下の通りだ。

● 2008年度版
第1部〈景況分析〉2007年度における中小企業の動向
第2部〈テーマ分析①〉中小企業の生産性の向上に向けて
第3部〈テーマ分析②〉地域経済と中小企業の活性化
結び 付加価値創造による生産性向上を目指して

● 2009年度版
第1章 2008年度における中小企業を巡る経済金融情勢
第2章 中小企業による市場の創造と開拓
第3章 中小企業の雇用動向と人材の確保・育成
結び イノベーションと人材で活路を開く

白書のトーンが、2008年までは、従来型の中小企業政策をベース、いうなれば「中小企業(多くのサプライヤー)=弱者」の視点を用いているが、2009年からは 「イノベーション、市場創造」へとシフトしているのである。 2008年版は、いかにも大企業を頂点としたピラミッド構造の中で、生産性の向上で貢献しようとの主旨。2009年はイノベーション、市場創造といった大企業の目指すべき姿にも十分通用するテーマになっている。私はこの変化を、中小企業へ大企業へ依存するな!とエールにすら読める。

そもそも開発業率の逆転(開業率<廃業率)という問題は、1980年代中盤からの傾向であり、1990年代後半~2000年代前半には非常に大きな問題として捉えられていたものの、経済の活性 度合いを計る指標としては疑問が残る。事実、開廃業率が逆転して以降、日本経済はバブルを経験し、この 世の春を謳歌していたのである。開廃業率と景気の善し悪しが無関係であることは歴史が証明していたのである。

私は、この白書の主張の変化が多くの中小企業に広く伝播することを願っている。「日本の産業を巡る現状と課題」と、2008年、2009年度版の中小企業白書を併せ読むと、

◎ 産業構造の上位に位置する大企業には期待するな
◎ 自らのイノベーションと創造で事業を展開せよ


そう言っているように思えてならない。裏を返せば、大企業=強者でなくなっているということだ。事実、グローバルマーケットでの日本企業は、日本の同一セグメントでの企業数が海外と比較して相対的に多い。それが1社当たりの市場の規模に影響を与え、あらゆる面でグローバルマーケットでの競争での足かせとなっていることは、通常16号でも述べ、「日本の産業を巡る現状と課題」にも、日本の停滞の一つの可能性として提示しているのである。

ここで、冒頭に提示していた論調の根底に流れる考え方へと戻る。

既に中小企業白書をもってしても、大企業=強者との考え方からの脱却を模索し、自らの力によって自らを支える手だての重要性を説き始めている。中小企業白書という媒体で、弱者の切り捨てという言葉は使えないだろう。しかし、白書で是認に等しい評価を得た大企業=強者、中小企業=弱者との構図に否定的な考え方は、バイヤーとして心にとめるべきであろう。もはや、大中小は関係なく、どうやって生き延びてゆくかをそれぞれが真剣に考え、探し求めなければならない。規模の小さな企業でも、したたかで力強く事業継続している会社は多く存在する。少なくともこの有料マガジンを購読するバイヤーであれば、中小企業(サプライヤー)=弱者という紋切り型の根拠のない主張から、自らの考え、そして行動に制約を受けてはならないのである。

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい