「話すという仕事」パート3(坂口孝則)

・声の出しかたに三つあると覚えておく

この連載では、話す仕事について書いている。もし、読者が少しでも講演などでお金をもらうことに興味があるならば、これ以降の文章を読んできっとソンはしないだろう。2年前の当メルマガの内容と一部重複しているけれど、大切な箇所は強調しておきたい。

ではまず、講演の伝え方について述べていこう。まったくおなじ内容を話しても、話し手によってまったく印象が異なる。感情豊かな話し手には誰もが惹きこまれる。そのいっぽうで、直立不動の棒読みならば、聞き手はすぐに意識を失うだろう。

できるかぎり聞き手を退屈にさせず。しかも、こちらの主張に耳を傾けてもらうためには、伝え方・話し方を工夫する必要があるんだ。

一つの文章を読むとき。声の出しかたに三つあると覚えておこう。

① 声の大きさ:大声 or 小声 

② 音程:高い声 or 低い声 

③ スピード:早口・早い口調 or ゆっくりした口調 

この三つだ。 

それで、ぼくが聞くかぎり、素人の講演はほとんど「声の大きさ」しか意識していない。有名なところでは、元首相の野田佳彦さんも早朝街頭演説(辻説法)をあれだけ繰り返していたのに、声のバリエーションは大小だけだった。おもいっきり感情的に話す、おなじく元首相の小泉純一郎さんとはだいぶ違っていた。声の出しかたが人気の差になった、とは言いすぎかもしれないけれど、ぼくはそう信じている。 

講演のときは、「①大小」「②高低」「③遅速」を意識し、聞き手を退屈にさせないようにするんだ。

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イメージでは、 

① 声の大きさ:大声=通常の声×2、小声=通常の声÷2 

② 音程:高い声=通常の声の1オクターブ上、低い声=通常の声の1オクターブ下 

③ スピード:早口・早い口調=通常のスピード×2、ゆっくりした口調=通常のスピードの二分の一 

を意識しておけばいい。それぞれ、極端なほどだ。 

すでに講演の原稿なりコンテンツを作っていたら、この①~③を意識して発声練習をしてほしい。大げさなほどいい。自分自身が「すごく大げさだな」と思っていたら、聞く側からすると「普通」だ。自分自身が「やや感情的かな」と思っていたら、聞く側からすると「棒読み」だ。自分自身が「普通かな」と思っていたら、聞く側からすると退屈すぎて寝てしまう。繰り返すと、講演者は文字通り「演者」だから、舞台にたった俳優の気持ちで語ればいい。 

では――。 

練習すべきってのはわかった。でも、練習しているうちに、どこの箇所を大きく語るべきかわからないかもしれない。あるいは、どこの箇所を高く、ゆっくりいうべきかわからないかもしれない。もちろん、プロの声優ならば事細かなルールがあるかもしれない。でも、あまりに細かな法則なんか覚えていられないし、だいたい現実的じゃない。 

いいかな。これからすごく重要なことをいうよ。 

では、いつ声を大きくして、いつ声を小さくして、いつ速口で、いつゆっくりと話せばいいか……っていう法則だ。 

それは「適当でいい」んだ。繰り返す。「適当でいい」。 

これまで、多くの講演者を分析したけれど、法則性なんてなかったよ。そりゃ、もちろん強調したいときについ大声になっちゃうってくらいはあるかもしれない。でも、それくらいだ。重要なのは、ランダムでもいいから、とにかく声に変化をつけようと考え、適当でも声を変える事実こそが重要だったんだ。 

話しながら①~③をランダムに変えるくらいならできるでしょ。 

ほんとうかって? 

それは信じてもらうしかないけれど、とにかく感情的に話しているって事実だけが重要だ。ぼくは発声のプロに習っているんだけれど、「おじいさんはやまにしばかりにいきました」といった文章であっても①~③を駆使すれば生き生きとしてくるのは驚くほどだ。 

不思議なのは、試していただくとわかるとおり、①~③を意識して話していると、なぜだか表情も変化がつく。まさに演者になる。つまり、感情豊かだからそれが声に表れるじゃなく、声を変えるから感情が豊かになる。 

ここにも面白い逆説がある。

・視線は遠くと近くの2ブロックをわける

また、話すときの視線の原則を語ろう。

ぼくは講演とか研修講師をしているって話した。ありがたいことにぼくはあまり苦情を受けた経験がないけれど、講演プロデューサーや研修会社のひとに聞いてみると、アンケートで「講師と目が合いすぎた」っていう苦情があったらしい。「講師がアガっていてまばたきが多かった」なんて苦情にいたっては、ほっといたらいかがですか、というしかない。

ただ、まあ、最前列のひとからすると講師の視線が気になるのは事実で、それは参加者の立場からもわかる。ぼくならアンケートに苦情は書かないけれど、目が合いすぎると、妙に緊張してしまう。それは講演者も同じで、最前列のひとを見すぎると視線に耐え切れず、ガタガタと震えてしまうなんてケースもある。

そこで、良い方法は、視線の対象を遠くと近くの2ブロックにわけるやり方だ。大きな机の前にたって講演するとき、あるいは会議室で講演するとき。机も、会議室も「遠く」と「近く」にわける。それで、原則は自分がもっとも遠いひとをまず見て、そこからジグザグに視線を動かしていく。肝要は、遠くのひとから見る点。参加者としても、自分がもっとも後ろの席に座っていたら、視線があってもさほど緊張しない。

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より大きな会場でも原則はかわらない。セミナールームでも、会場でも、遠くを基本としてジグザグに動いていけばいい。

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ちなみに、それでも慣れない場合は、最前列のひとは見なくて良い。圧迫感を感じるようであれば、2、3列目以降の聴衆を見ていよう。さらに加えると、もし会場に早めに到着しレイアウトも工夫できるのであれば、演台から最前列までは2メートル以上の間隔をあけてもらおう。実際に演台に立ってもらうとわかるけれど、2メートル未満の間隔だと、すごく近くて話しづらい。

・講演中の動きは「問題提起」と「解決案提示」の二つにわける

さきほどまんなかに講演者が立っている図を載せた。実際の講演では、動きがほしい。これは音源だけではわからない。DVDや、実際の講演会場にいって見るのがよい。

マイケル・サンデル教授のように歩き回りながら生徒の意見を聞き集めるタイプの講義であれば、それこそランダムに動きまわる。しかしあれは、あくまで一つの特殊な大学の講義だ。講演会ではどうしたら良いだろう。
結論的にいうと、できるかぎり動きをつけたほうがいい。そのほうが、聞く側も退屈じゃないからだ。かといって、単に動けばいいんだったら、講演者はみな走りながら話しているはずだ。あまりに動きすぎても気が散ってしまう。

これまた複雑なルールはやめておこう。

簡単に、基本的には聴衆から向かって右側に立つ。そして、問題提起を行う。そして、話が盛り上がり、その問題提起の結論部に突入したときには、聴衆から向かって左側に立って説明しよう。そうすれば、最小限の動きで、大きな効果が期待できる。

まず、講演とは何かテーマがあるはずだから、自らの問題意識を述べ、聴衆に問題を呈示する。まあ、そんなに難しく考えなくても、話のキッカケを述べるパートだ。これを、スクリーン右手で行う。そうすると、何が利点かというと、右手が使えるのだ。ポインターでも指し棒でも右利きならば有利だ。とくに腕が体に交差してしまうとみっともないので、見た目の効果もある。

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さらにスクリーン右手に立つのは、聴衆が左脳を使って聞くからだ。正直にいえば、ぼくは俗的な脳科学とか心理学なんてものを信じていない。だから、右脳左脳なんてのは、あんまり書きたくないんだ。しかし、経験上、使えるから書いておく。

左脳は論理・理論的な働きをする。左(脳)から斜め右に飛ぶ。問題意識説明、問題提起は理知的に聞いてもらう。そんで、その問題にたいする解決策は、右脳的な柔軟性をもって受け止めてほしいから、スクリーン左側にいく。おなじく、右(脳)から斜め左に飛ぶ。やや超・論理的であっても、聴衆から受け止められやすくなる。

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そうすれば、一つの問題提起にたいして一つの解決案提示があるはずだから、右→左の移動がワンセットになる。ほらね、これくらいだったら、わかりやすいし、覚えていられるよね。講演のなかで三つほど問題提起があれば、都度、逆側に三回移動する。

それでも緊張して覚えていないかもしれないって? ぼくも、会場があまりに大きい場合はそうだよ。それなら、聴衆から見てスクリーン左側にホワイトボードを置いておけばいい。ならば、絶対に解決案提示のときに移動しなきゃいけなくなるだろう。これも「型」として講演スタイルをもっておけばいい。

・講演の前口上に地方ネタは禁止しよう

これまで、講演の伝え方について述べてきた。聴衆の注目をひくためのスキルだった。ところで、講演家になりたてのひとがよくやる手がある。聴衆と一体化しようと思って、地方ネタを話してしまうのだ。たとえば「ここ地方の有名な日本酒○○が大好きでして」とか「ここの郷土料理○○に目がなくて」とか。

でもね、みんな地元の酒ってそんなに飲むか? 地元料理ってそんなに食べるか? 外国人から日本料理を毎日食べていますか、と訊かれても、そもそも日本料理って何かわからないのではないか。それに聴衆が「ベタなものしか知らないんだな」とむしろ低く講演者を見るリスクがある。そうなると逆効果だ。

地元のひとも知らない、ほんとうにレアで意外なものならOKだ。しかし、そうじゃないなら、避けたほうが無難だ。

すぐれた講演を聴いていると、意外にも前口上に地方ネタは少ない。音源だけ聞いていると、どこで話しているかまったくわからない。むしろ、前口上なんてほとんどない。それよりも、内容をしっかりして、伝え方を磨いたほうが良い。

故・金子哲雄さんは、講演会の前口上で「実はここは私の第二のふるさとでして……」と始め、その地方ごとに作りだめしたネタを畳み掛け、見事なトークで会場をまず爆笑させていた。金子さんのアドリブ力と瞬発力は、通常人が真似できるレベルを超えていた。ぼくは、金子さんの真似は止すべきだと感じた。そしてだれにとってもそうだろう。

講演の聴衆は、講演者のすり寄りを期待していない。当然ながら、内容を期待しているのだ。

<つづく>

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