連載28回目「品質管理・保証体制問題の多発と調達・購買パーソンの対応 その3」
今回は、日本の製造業はジャパン品質のブランドの転落を避けるために何をすべきかを総論ではなく、ある特定の要素に絞って述べたいとおもいます。
1.日本製造業でのイノベーションの新しい力
日本製品品質のジャパンブランドの低下を防ぐには、その2で述べた時代と同じことをすれば良いのでしょうか。「違います」という答えになるのは明らかでしょう。日本の製造業を追い越そうとしているアジアなどの諸国は、日本企業等が現地人材を育てたこともあり、すでに製造現場での品質改善活動は日本製造業に劣らないどころか凌駕している水準になっているかもしれません。
数十年まえまで、欧米企業に勝ち続けてきた製造現場での強みは、急成長をするアジア諸国の企業でもみられるようになっています。また、日本では、高齢化や人口減少などで現場人材だけでなく品質保証・管理のエンジニアなどの人材の確保がままならない状況なのです。
また、欧米諸国の企業は、ビジネス・モデルや製品の技術イノベーションを起こして製造業の新しい時代を開拓し売上や利益で勝ち続けています。イノベーションで欧米企業に先を越され、製造現場の改善ではアジア諸国の企業に追いつかれている状況で、日本の製造業企業な何をすればよいのでしょうか
2.最も重要なのは、経営リーダーシップ
昨年多発した品質保証・管理体制の問題の原因をいくつかの視点から指摘することができると思います。経営のコスト優先、品質保証・管理部門の疲弊、現場社員の派遣社員化、人手不足などが挙がるのではないでしょうか。この中で最も本質的で根本的な要因は、経営者のリーダーシップだと考えます。もう少し具体的に述べると次のようなものです。
(1)企業文化・社風
企業文化・社風という面では、課題の本質と向き合わず、経営層だけを向いて忖度をする社風は、経営層が主導して打破すべきです。管理職などが経営層に正論などの言いたいことが言える社風をつくることも経営者の任務です。
(2)現場に足を運びコミュニケーションを改善
経営層は開発や製造現場への関心をもち、開発・設計、品質保証・管理、製造というものづくりの現場とのコミュニケーションを良くすることが必要です。そうすれば、品質保証・管理の仕組み作りや、その遂行・改善に関連する管理職などの社員は経営幹部を身近な存在と感じ、経営層にとっては耳の痛いことも含めて、前向きな提言を出せるようになります。
ある欧州の先端部品を開発製造している企業は、大企業とはいえないが継続して新製品を開発続けている優良な部類の企業でした。しかしながら、品質やコストで他企業に競合できず、いくつかの欧米企業が資本参加などをして支援をしていましたが業績改善は成功しませんでした。その頃の経営者はものづくり現場に足を運んだことがほとんどと言ってよいくらいなく、製造現場の人たちのモチベーションはあまり高いものとは言えなかったようです。
その企業が、ある時に日本の某電子部品メーカーに買収されたのです。その後は、その企業のトップに日本人が就任して、製造現場に毎日のように足を運び、品質保証・管理部門を含めた製造現場とのコミュニケーションの改善に努めてきたのです。その結果、ものづくり現場の人たちのモチベーションが挙がり、経営層への信頼も改善されたとのことでした。
(3)現状打破
現状打破は良く耳にする言葉に置き換えるとイノベーションではないでしょうか。イノベーションというと、アメリカの企業が主導してきた新しいビジネス・モデルの創造、これまでにない製品の開発などを思い浮かべますが、ここでは品質について考察しているので、品質という分野に特定して話を展開します。イノベーションの一つの側面は、現状打破といえます。
- 過剰品質要求の排除と明確な契約書の締結
これまでの品質水準要求を環境変化などに応じた見直しをせずに、単に慣例でそれまでの要求を続けていた場合、調達・購買取引先に過剰品質を要求している可能性もあります。そのような場合は、見直しをして、現状では適正でない過剰品質が要求されていた場合、より適正なものにすることも必要です。
そして、新たな合意がされた場合、その品質水準の実現過程もあいまいにせず、売買契約書で、品質保証・管理に関してその体制の買手・売手の義務、買手が売手の品質保証・管理体制や仕組みをいつでも検証できる旨等の条項を明記すべきです。
- 日本の産業の強みを生かした品質造り込み
日本製造業の品質面での新しいイノベーションの一つは、製品開発・設計での品質の造り込みの強化です。自動車や電機などの組み立て型製造業では、外部から調達・購買する素材や部品の役割が大きいと言えます。この素材や部品はまだ日本には優れた企業が沢山あり、日本を追い抜きつつある中国や韓国の企業、そしてイノベーションで他国を引き離しているアメリカの企業でも、日本製の素材や部品が欠かせないのです。
素材や部品の製造業と製品開発・設計段階から連携して、自社での製造が容易な製品、そして開発・設計で高い品質が実現できる製品を開発・設計するのです。それでも、品質の製造での造りこみを全くなくすことはできませんが、できる限り製造現場での造りこみや検査に頼らないものにすることです。
優れた素材・部品メーカーが豊富にあるという産業構造と、完璧の追及という日本文化を主導要因とすれば次の品質イノベーションも引き起こせるのではないでしょうか。そして、この製品開発・設計での品質保証・管理体制の強化とその仕組みに実効性があり、かつ遵守されるものにするための監視体制を作ることも重要です。
3.悪い面だけを公にしても日本の製造業は発展しない
内部告発により企業や官公庁の不正が公になりやすくなったと言えます。内部告発があまりなかった数十年前でも、品質保証・管理体制の不正があったが、明るみに出なかっただけだという、皮肉な見解もできます。不正を暴き出すことも意義がありますが、日本の製造業の負の面を表面に出すだけではなく、現在も優れた品質保証・管理体制を維持し、発展させている企業があることを、マスコミだけではなくしかるべき機関が優良事例として、紹介すべきです。
次回は、これまで述べてきたことを基に、調達・購買パーソンは何をすべきかを考察します。
著者プロフィール
西河原勉(にしがはら・つとむ)
調達・購買と経営のコンサルタントで、製造業の経営計画策定支援、コスト削減支援、サービス業の経営計画策定支援、マーケティング展開支援、埼玉県中小企業診断協会正会員の中小企業診断士
総合電機メーカーと自動車部品メーカーで合計26年間、開発購買等さまざまな調達・購買業務を経験
・著作:調達・購買パワーアップ読本(同友館)、資材調達・購買機能の改革(経営ソフトリサーチ社の会員用経営情報)