2022年への視座 坂口孝則View

ジャスト・イン・タイムが死に、サプライヤが逆襲する時代に私たちは何をすべきだろうかーー

・2021年、2022年のサプライチェーン

2020年からはじまったコロナ禍では、全世界の生産が止まったり物流が停滞したりした。さらに2021年からは逆に世界の景気高揚によって需要が高騰し半導体や部材等の入手が困難になった。自動車やゲームなどが市場に供給できなくなり、サプライチェーンが注目を浴びた。

当稿では2021年のサプライチェーンを振り返りつつ、2022年のサプライチェーンの課題を予想していく。

・①JIT神話の崩壊

2021年は在庫の相談をよく受ける年だった。これまでであれば在庫をいかに減らすか、最適水準に留めるのが相談内容だった。しかし、むしろ在庫を積み増そうというものだ。在庫には、商品・製品、仕掛品、原材料や部材等があり、そのなかでも調達品にあたる原材料や部材等を積み増そうというものだ。

これまで各社ともJIT(ジャスト・イン・タイム)を目標としてきた。少なくとも理想はJITといわれてきた。自社の生産に同期して取引先から調達品を供給してもらうものだ。調達品の在庫を多く有すると、倉庫の費用がかかる。

サプライチェーンの世界ではサービス率と呼ぶ。これは在庫の欠品率をどこまで許容するか規定するものだ。在庫切れを1%でも許容できないのか、10%くらいなら許容できるかで当然ながら在庫としてもつ数量が変わる。そして理想像は、欠品しないように取引先からJITで納品してもらうことだ。

ただし、企業は調達品の不足に悩むようになった。調達品の倉庫費用はかかるだろうが、生産が止まってはどうしようもない。倉庫費用よりも多くの機会損失を生んでしまっては、企業の収益にも利益にも影響を受ける。「在庫は無いほうが正しく、それ以外の解答は存在しない」ではなく「在庫をもつことのメリットとデメリットを比較し、場合によっては在庫を有する」と考えが変化してきた。

データを見てみる。するとコロナ禍では、在庫の積み増しが新たなトレンドというよりも旧来からの傾向を加速しているとわかる。

(法人企業統計より著者作成)

前ページのグラフは1990年から2021年までの長期データで製造業における調達品在庫の額を示したものだ。すると2000年あたりから上昇傾向になっている。また企業の規模が経年によって大きくなるのであれば在庫額が増えるかもしれない。そこで、売上原価に対する調達品の在庫比率を見てみても、同じ傾向を把握できる。

なお2000年ごろはITバブルが起き、現在と同じく半導体・電子部品等の入手が難しかった時期だ。

 

(法人企業統計より著者作成)*調達品=原材料・貯蔵品として計算

ここから見て取れるのは、JIT神話の崩壊である。自動車各社も2021年には半導体やそれらを組み込んだアッセンブリ製品の在庫を積みましたと報じられた。在庫が悪の存在からニュートラルな存在へ。そして生産継続のために保有する対象として戦略的に考えられるようになっている。2022年もこの傾向は続くだろう。

・②取引先の逆襲

そして、さきほど挙げた傾向は、取引先に無茶を押し付けられなくなった状況の、一つの欠片かもしれない。

2021年10月には知的財産権侵害を理由に日本製鉄がトヨタ自動車を訴えた。モーターに使用された宝山鋼鉄の電磁鋼板が日本製鉄を侵害したというものだった。何度か日本製鉄からトヨタ自動車側に協議を求め、さらには議論を重ねた果ての訴訟だった。

一般論では、各企業の調達部門は、取引先と基本契約書を締結している。そのなかでは、取引先が供給する製品の技術的な特許侵害は、取引先が解決するべきものであり、使用側(調達している企業)の責任は免れるとしているケースが大半だ。

しかし、重要なのは、その基本契約書はあくまで二社間のものである点だ。2019年には半導体企業のグローバリーファウンドリーズがTSMCを特許侵害で訴訟した。そのときには同時に使用側のアップルやクアルコムも訴えられている。その他の裁判例を見ても、使用側(調達している企業)はセットで訴訟対象になっている。

話は2007年にさかのぼる。韓国でポスコの情報が宝山鋼鉄に流れたとして、元ポスコ従業員が訴えられた。その裁判の過程で、訴えられた元ポスコ従業員は(大意でいえば)自分が宝山鋼鉄に流した情報は、そもそもポスコが新日鐵から盗んだ秘密であり、そもそもポスコの特許技術ではない、といった趣旨を述べた。

これにより、新日鐵が自らの特許技術を守るために訴訟に踏み切ることになった。宝山へ流れた技術内容はポスコが日鉄から盗用したものだとして2015年に認定され、和解金を払うように命じられ和解した。

繰り返すと、基本契約書では、取引先が技術的な特許侵害をしていたとしても責任は取引先が負うものだとしている。だから、もし取引先が第三者の技術を侵害している場合でも、取引先から調達する側は責任がないという立場だった。しかし、これからは、取引先が第三者の特許を侵害していないか確認し管理する必然性がある。そうではないと、自らも訴訟対象になるためだ。

現在、企業のサプライチェーンは複雑怪奇化している。さまざまな国にまたがり、多くのサプライヤが関与している。

その状況下で、取引先からの提案内容を鵜呑みにするのでは、彼らから供給される調達品の素性までをも確認する時代に突入した。

これは企業のサプライチェーン部門にとって大きな変化となる。

・③中国を前提とするサプライチェーンの見直し?

また、在庫の積み増しや、調達品の技術内容にまで踏み込んだ確認は、さらにアンビバレンツな状況に企業を追い詰めつつある。

幼稚な表現で言えば「モノが入らない。在庫を積み上げるが、同時に調達先も複数化したほうがいいのではないか」「ただ取引先が中国だった場合、特許技術的な問題もあるので、代替国で生産させたいが、どこが候補となるのだろう」というジレンマだ。

ここにタイトルである「中国を前提とするサプライチェーンの見直し?」の「?」が関係する。

コロナ禍では分散の重要性が浮き彫りになった。一つの販売先、一つの生産工場、一つの調達先しかない場合、サプライチェーンは脆い。だから分散は必要だ。

しかし、かつて中国の代替として期待されたベトナムは原稿執筆時点でも新型コロナ新規陽性判明者が一日15000人ほどいる。2021年の夏以降、ベトナムの取引先からキャンセルや納期遅延が相次いだ。労働者不足からホーチミン港では貨物滞留時間が大幅に延びた。ベトナムの影響はアパレル、家具、機器類と幅広い業界に、現在も及んでいる。

もう一つの代替国であるインドでも(いまは落ち着いているとはいえ)春先からの新型コロナの流行拡大によって供給が滞った。世界の医薬品成分の多くはインド製だが、むしろインドから中国へ供給元を移管する動きさえあった。

現在、中国のウイグル自治区の綿を使用しないようにアパレル各社は動いているが、たとえば太陽光パネルの材料など、まだ完全にウイグル製を代替する国を見つけられていない。

品質や価格の確保を前提とした安定調達、技術特許、ならびに自由主義国家vs中国の問題。世界のサプライチェーンは大きく揺れている。 2021年から引き継いだこれらの問題が2022年のサプライチェーンにおける課題になるに違いない。

なおこの代替と分散問題は別の項でも、再度取り上げてみたい。

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