DX(デジタルトランスフォーメーション)と新型コロナウイルス流行(牧野直哉)

2021年に話題となり、2022年も引き続きビジネス

パーソンにとって大きなテーマとなる「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。今年のポイントは、DXを各企業が置かれた環境を踏まえ、どのように実践するかです。様々な識者が沢山の文献で語る「DX」について、調達購買部門が取り組む方向性について、2021年を語るとき避けては通れない新型コロナウイルス流行で直面した課題を絡め、現時点での考えをまとめてみます。

まず「DX」は、様々な定義が世の中にあふれています。こういった場合、私は本家本元の考え方をまず確認します。DXはまず誰が語ったのか? 歴史をひも解くと、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱されたとあります。日本語では「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変革させる」から発展し、「既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすもの」と位置づけます。経済産業省が所管する「独立行政法人情報処理推進機構」では少し具体的な内容で「「AI や IoT などの先端的なデジタル技術の活用を通じて、デジタル化が進む高度な将来市場においても新たな付加価値を生み出せるよう従来のビジネスや組織を変革する」と定義されています。

IT技術を活用して、人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させると考えるとき、私は2021年に再三再四ニュース映像で放映されたある場面を思い起こしました。新型コロナウイルス感染者や濃厚接触者に対して、各地域行政の保健所職員が電話でフォローする姿です。2021年の7月初旬から9月末までの第5波と呼ばれる感染拡大の状況下では、過去にない感染者数と濃厚接触者数の増大によって、疲弊する行政職員の姿を何度も映像で目にしました。自分がもし感染したとき、しっかりとしたケアが受けられるのかどうか、不安を覚えた方も多いと思います。

私は新型コロナウイルス感染防止のためいくつか対策しました。オフィスに行ったとき、客先を訪問するとき、外出から自宅に帰ったときは、かなり意識して手洗いを行っていました。手洗いに加え、玄関と洗面所に消毒薬を準備して使用していました。加えて感染を早期に把握するため、体温計や血中酸素飽和度測定器(バルスオキシメータ)を購入して、少し体調がおかしいと感じると体温と血中酸素飽和度を高頻度で測定していました。またそれぞれの機器を媒介にしてウイルスが感染することを恐れ、外出機会の多い私だけが使う機器を購入しました。

購入時に調べてみると、最新機器では体温も血中酸素飽和度もスマートホンにBluetoothを介してデータを送信する機能が実用化され、測定結果変遷の確認機能がありました。何でもかんでも全てスマートホンで管理できるんだなと感心すると共に、新型コロナウイルス感染して発出する症状、体温が上昇したり血中酸素飽和度が低下したりはデータとして「見える化」可能なのです。

疲れた保健所職員の姿を見る度に、こんなことを考えました。PCR検査の結果で感染したと判断された場合、まずスマホに専用アプリをインストールする。Bluetoothで接続可能な体温計と血中酸素飽和度測定器でデータを測定、スマホのアプリで居住地の地域行政機関と共有して「見える化」を実現します。データに好ましくない変化が生じた感染者に対し追加のサポートを行えばよいのです。実現されている機能を組み合わせれば、電話で行う感染者の症状確認は随分と効率化されたのではないか、そんな仮説をたてたのです。またデータ測定ができないほど(体温計や血中酸素飽和量の測定器が使えなくなった)に症状が悪化している事態の想定は、データ送信が行われていない感染者を優先して電話連絡を行うといった取り組みも可能ではないかと想定しました。

現在の日本は人口が減少し労働力人口の平均年齢も上昇しています。この事実は、新型コロナウイルス流行のような大きなインパクトを持つ突発的な事態に対して、対応に大きな負荷を強いる人海戦術が困難になっている現実を意味します。こういった感染者の症状変化のフォローアップにこそ、測定したデータを自動的に集計し、連絡すべき人をピックアップした上で対応する仕組みが今後必要になってくるはずです。ここで問題になるのが、どこまでのデータが個人情報に該当するかです。

数年前、中国河北省雄安新区にあるスマートシティを訪れました。( 当時の訪問レポートはThe調達2019に掲載されており現在でもダウンロード可能です)スマートホン決済を前提にした無人スーパーや、住民情報、医療カルテといった個人情報がすべて一元管理され、スマートホンを活用して各種手続きを実現するコンセプトをもっていました。同じようなコンセプトを持つスマートシティは、Googleの関連会社がカナダのトロントで計画を推進していました。しかし計画は思うように進まず、最終的には2020年の5月にプロジェクトから撤退。壁となったのは住民のプライバシーの問題です。住民が生活をする上で必要なデータについて、どのようにデータを集めて保護するのか、誰がデータを保有するのかについての懸念が払しょくされなかったのです。

ここで新型コロナウイルス流行に話を戻します。これまでウイルス流行への対処として、飲食店による複数人数での飲み食いを抑止してきました。確かに飲食店ではマスクを外して飲食を行い、複数人では会話に花が咲くこともあるでしょう。新型コロナウイルス流行に伴って「人流抑制」が効果的であるとされました。繁華街の人出が携帯電話の位置情報をもとに過去と比較した増減の報道もよく目にしました。一般的に携帯電話を購入する場合、携帯電話サービスを提供するキャリアに対して個人情報の提示が必要です。であるなら、携帯電話の番号と私たちの個人情報はひも付けされているはずです。情報通信白書の令和2年版によると、個人におけるモバイル端末の保有率は96.1%あります。新型コロナウイルス感染者の携帯電話位置情報データを分析すれば、どのような行動がウイルス感染につながるのか、その傾向が分かるはずです。しかしデータ活用に壁として立ち塞がるのが、携帯電話ユーザーの個人情報の取り扱い、プライバシーの問題です。

新型コロナウイルス対策として政府は77兆円もの予算を計上しました。(NHKスペシャル「検証 コロナ予算 77兆円」より)日本では夏季オリンピックの開催が予定されていたこともあり、是が非でも感染者を増やさない取り組みが必要でした。しかし飲食店に対する営業時間短縮要請について「科学的根拠はない」といった主張を耳にした方も多いと思います。77兆円の予算はすべて飲食店の営業時間短縮要請に費やされたわけではありません。しかし飲食店に対する営業時間短縮要請に費やされた予算の効果を見るためには、実際に飲食店を利用していた人と利用していなかった人で、感染者割合の違いを確認する必要があるはずです。そういった調査に、携帯電話の位置情報と感染者の個人情報を活用することは社会的意義がある話ではないかと考えるのです。

こういった話を持ち出すと、政府によるプライバシーの侵害といった可能性に言及されてしまいます。確かにその可能性はゼロにはならないでしょう。ポイントは携帯電話やスマートホンによって知らずのうちに提供している情報の活用・取り扱いについて、現時点でも深い議論が行われているとは思えない点です。

私がなぜこのような政治的かつ社会的な問題を提示したのか。これは企業におけるDXでも、全く同じような議論が避けて通れないと考えているためです。「ビックデータ」といった言葉を聞いた経験をお持ちでしょう。ビジネスの現場で私たちが従来取り扱っているデータは「構造化データ」「定型データ」と呼ばれ、全体の20%を占めるに過ぎません。ビジネスの現場でビックデータを活用するためには、残り80%の「半構造化データ」「非構造化データ」「非定型データ」が必要(上図)です。よくよく考えてみればビジネスの現場では、様々なデータが日常的に社内・社外とやりとりされています。膨大なデータ=ビックデータを活用するためにも、会社支給のパソコンやスマートホンに代表される企業資産の機器によって収集された社員やサプライヤの個人情報データをどの範囲まで、どのように活用するかを決定しなければなりません。

しかし新型コロナウイルス流行下の感染者と濃厚接触者の個人データと、携帯電話の位置情報データがそうであったように、個人のプライバシーを理由に活用されない場合、ビジネスの現場でビックデータの活用はできません。最近話題になっているバイヤ企業とサプライヤのマッチングサービスでは、バイヤ企業の発注データをサービス提供会社のサーバーへ送らなければサービスを活用できません。サービス提供会社は情報の取り扱いに細心の注意を払っているでしょう。しかし「社外のサーバーへ送る」この一点でサービスの活用ができなければ、競合他社に対して後れを取る可能性があるのです。だからこそ従来とは異なる個人情報の取り扱いについて、社内とサプライヤを含めた関係者で討議し合意を取る必要があるのです。

私は個人のプライバシーを侵害しても良いというつもりは毛頭ありません。ただ闇雲に個人に関連する情報の活用を除外すると、DXにおけるデータ活用の範囲を著しく狭める可能性がある点を強調したいのです。確かに機密漏えいといったリスクはゼロにはならないでしょう。先ほど例に出したバイヤ企業とサプライヤのマッチングサービスを提供する企業でも十分にリスクヘッジを施した形でのデータ活用を目指しているはずです。DXでビックデータを活用するためには、どんなデータがどんな意味を持つのか検証が欠かせません。しかし対象となるデータを狭めてしまえば、新たな価値を生むデータの関連性が発見できる可能性も小さくなってしまいます。

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