No time to die(鮫島活雄)

11月にCOP26が開催されると「脱炭素」が非常に大きなテーマとして注目されるようになった。

脱炭素は一義的にエネルギーに関連するテーマであり、最初は各国におけるカーボンニュートラルの動向などをご紹介しようというつもりでぼちぼちと下調べをしていたが、そのうちにどうもこれは地政学の問題として捉えると妙にしっくり来るように思えるようになってきたので、今回はその考えについて述べさせていただく。

ただし我々はビジネスパーソンであり、この「The調達2022」は調達・サプライチェーン関係者に何らかの示唆を与えることを目的としているから、そうした観点を提示することを忘れずにしたい。

なお予め述べておくが、筆者は地球温暖化懐疑論者ではなく、また地球温暖化については生物多様性およびエコシステムの継続可能性の観点から、CO2の排出抑制に向けたあらゆる手段をもってこれを阻止しなければならない、と考えている。なんといっても、スキーに行くのは楽しいが、夏暑いのは苦手なのである。

まず筆者は、COP26はGreen Cold War「緑の冷戦」とでもいうべき状況のはじまりを告げたイベントであった、と考えている。

COP26の内容やその意義、日本のクリーンコールテクノロジーの敗戦などについてはあらゆるメディアで語られているので、ここでは省くが、昨年、議論を呼んだレポートを一つ紹介したい。

グローバル会計事務所の中部欧州某国法人が作成したもので「温暖化により経済的なメリットがある国」が約70か国、損失を被っている国が約30か国ある、という趣旨だったのだ。このレポートは当然のことながら環境保護団体やメディアからの集中砲火を浴び、ほどなく撤回されてしまったので読むことはできないが、ロシア、カナダ、北欧諸国、韓国、それに中部欧州諸国の一部の国々などは、GDP増加にポジティブな影響がある、他方で中近東やアフリカなどすでに温暖化により飢餓などの厳しい状況に置かれている国々はさらにこの状態が悪化する、といった内容だったという。

地政学的に不安定な中近東の経済状態の悪化(エネルギーの自家消費率が上がり外貨獲得の減少や、移入労働者の労働条件悪化などによる社会の不安定化といった可能性が考えられる)や、かつて植民地としたアフリカで大規模な飢饉が派生した場合などは、西欧諸国にとり新たな負担となりうるものと思われる。

さてロシアは2000年代後半から北極海沿岸開発を積極的に進め、2017年にロシア資本、仏トタル、中国石油天然気(ペトロチャイナ)および中国の国家ファンドであるシルクロード基金により投資されたヤマルLNG(液化天然ガス)プロジェクトからの出荷が開始された。

北緯71度、年間8か月続く冬季の最低気温が零下60度近くのまさに極地、建設初期はヘリコプター以外のアクセス手段がなかった陸の孤島に建設されたプラントから、年間1650万トンのLNGを生産して極東などの需要地に16隻の砕氷タンカーで運ぶ(余談だが、初号船には工事期間中にモスクワの空港で搭乗したプライベートジェットに除雪車が激突して不慮の死を遂げたトタルCEO、クリストフ・ド・マルジェリーの名が、プーチン大統領によってつけられた。事故は除雪車の運転手の酒酔い運転が原因だという)。

駐日ロシア大使ミハイル・ガルージンは2019年「ヤマルLNGから神戸へのLNG1トンあたりの輸送コストは、欧州経由の南方ルートが96ドルであるのに対して北極海航路では58ドルとなる」「ノルウェーから韓国まで砕氷タンカーが19日間で走破した」と、北極海航路の優位性について述べ、この地域に賦存(ふぞん)する1千億石油換算トン(TOE)に上る炭化水素資源の開発が有利になると同時に、2019年現在現在ロシアのGDPのおよそ10%を支える北極海地域の寄与はさらに増大するとの見方を示している。

つまりロシアは気候変動からある意味恩恵を取ろうとする立場にあるといってよい。

次に中国である。世界の30.7%、99億トンのCO2排出量(BP Statistical Energy Review 2021)は文句なく世界一であるが、2020年9月の国連総会で習近平国家主席が2030年ごろのピークアウト、2060年のカーボンニュートラルを宣言している。

中国の「脱炭素」は主に高騰し続けるエネルギーの対外依存度引き下げ、それに再生可能エネルギー産業を新産業として育成する、という2つの車輪によってドライブされている。

これまでの国際公約に照らし合わせると、総炭素排出量こそまだ増加し続けているものの、GDP排出量は05年対比で74%、森林蓄積量や非化石燃料のエネルギーシェアなどのKPIも充足しているという「優等生」でもある。

2007年のIPCC第4次評価報告(IPCC AR4 WG2)によれば、最大3度程度の気温上昇において、21世紀末までに穀物生産量は東・東南アジアで最大20%上昇する、との見方も示されていて、温暖化がすぐに経済安全保障にかかわる問題となりうるようには思われない(洪水や南部海岸への台風上陸など天災リスクは増大すると思われるが)。

なお中国の太陽光・風力エネルギー資源(立地において有利な地域)は、内モンゴル・新疆ウイグル自治区の一帯、およびチベットの山間部全域であるとされており(世界銀行,2019)、今後エネルギー消費の増大と再生可能エネルギーの開発の両立を目指すという点からも、この両地域の安定的な発展は中国政府にとり重要なものと思われる。またすでに容量シェアにおいて太陽光・風力とも世界の40%弱を擁する中国は、今後関連する技術をさらに発展させて「一帯一路」諸国へのこれら技術の普及を目指すであろう。

さて欧州は非常に難しい立場に立たされている。

EUは20年に発表した欧州グリーンディール計画で2019年現在約16%ある石炭火力を急速に廃止するなどの方針を打ち出し、さらに21年7月には2030年の機構目標達成に向けた政策パッケージ“Fit for 55“を発表。

前々から噂されてきた国境炭素税(国境炭素調整制度)についてその概要を案として示している。国境炭素税が始まれば、石炭火力発電に大きく依存している日本での対欧州工業生産は深刻な打撃を受けるものと思われる。

一方民間もこうした方向性に呼応しており、メルセデス・ベンツが7月に発表した電動化への計画(Mercedes-Benz prepares to go all-electric)を見ると、2025年以降同社が発売するプラットフォームはすべてEV専用とする、また2030年以降市場の状況によりすべてをEV化する、など野心的な計画を次々と打ち出しているように見える。

では足元はどうなっているか。欧州は確かに2016年からの4年間で、発電に占める石炭の比率を40%以上減少させ、風力や太陽光を大幅に増加させてきた。しかしガス火力発電も26%増加しており、こうした中でコロナ後の需要回復に対して天候不順による風力発電の不調、欧州排出権取引(EU-ETS)価格の暴騰、ロシアに40%以上依存している天然ガスの需要急増を賄うことができず電力不足を招き、10月に電力危機とも言える状態に陥ったことは記憶に新しい。

我が国の資源エネルギー庁が10月にまとめた資料によると、これによりシリコンやアルミ、亜鉛など電力消費の大きい企業の操業が一時止まったり、ガス価格高騰により、天然ガスを原料としたアンモニア製造が一時見送られるなど、「エネルギー集約型産業に大きな打撃を与え、世界のサプライチェーンにも影響を及ぼしている。」(同庁)

一方でEUは20年9月にERMA(欧州原材料同盟)という取り組みで、レアメタル・レアアースや天然ゴム、ボーキサイトに至る数十種類の鉱物を「重要な原材料」と定義し、これらのEU外からの移入量を減らしていく試みをおこなっている。

EUはもともと独仏国境周辺で産出される鉄鉱石や石炭の国際管理の試みにそのルーツがあるからこれ自体は驚くに当たらないが、EUは域外の資源開発についても大変積極的で、21年7月にはウクライナとの間で「重要な原材料およびバッテリーに関する戦略的提携」を締結し、今後同国の鉱山資源開発にEUが関わっていく方針であることを示した。

ウクライナについて一点注意喚起しておきたい。米ワシントン・ポスト紙は12月3日、「ロシアが2022年初頭にも、175,000人の兵力をもってウクライナを侵攻する計画」との報道を、米政府当局者から得た情報として報道している。

すでに70,000人規模の部隊や装備が4か所に集結しているとかなり具体的な情報が添えられており、続く10万人規模の編成が完結するのを待って行動を起こすとの見方がなされている。

この部隊展開が、すでに親ロシア勢力の実効支配化に入ったウクライナ東部の地位固定を狙った外交交渉の一部なのか、それともウクライナに対する真の軍事行動を意図したものかは不明だが、欧州経済・政治に甚大なインパクトを与える出来事であり、当面は関連情報に注意が必要である。

国境炭素税、ERMAなど、欧州においては世界のほかの地域、特に米国との間でのサプライチェーンデカップリングが加速するような政策要素が複数始まっており、日本企業をはじめとした「欧州外企業」の欧州事業については、サプライチェーンだけでなく意思決定そのものの自立化を強化するなど、欧州特有の事情に素早く適合していけるような動きが求められていくのではないか、と筆者は考えている。事業の内容によっては、例えば欧州地場資本のサプライヤーの一部出資を仰ぐなどの策も考えられるであろう。

さて日本としてもっとも付き合いが悩ましいのが米国である。

日米双方の首脳の発信、特に米国大統領から「日米同盟(U.S – Japan Alliance)」に言及する回数は、かつてと比べて格段に増えてきたと感じられる。だがこれはそのこと自体が、同盟の意義の再確認を迫っているようにも筆者には聞こえるのである。

政府調達からの中国企業製品・技術の徹底した排除と、半導体危機にもみられるように強引ともいえる台湾・韓国等海外資本の米国への工場誘致という、デカップリング&自国第一主義で米国経済もまた、急速にグローバルサプライチェーンから自らを切り離し独立自営を試みている。

米国で展開する日本企業もこの流れから無縁でいることはあり得ないと考えなくてはならない。すなわち自社の日本国内の生産およびサプライチェーンが米国市場に接続しているのであれば、日本で生産される財についてもクリーンな状態に保っておくことが求められる可能性がある。

米国は一方で小型原子炉(SMR)へのベンチャー参入を含めた大胆な投資など、新時代の原子力発電を今後の脱炭素の切り札の1つとして考えており、車両の電動化と並んで原子力に関連する技術・産業が今一度米国で求められるのではないか、と考えられる(12月3日にGEと日立製作所の合弁”GE-Hitachi Nuclear Energy”社がカナダ・オンタリオの電力会社から初の商用SMRを受注したのは、この一例であると考えられる)。

自由民主主義を奉じる国家同士として日本は当然アメリカ陣営に属するものであろうが、ここにきて米国は英国と連携して豪州に原子力潜水艦やミサイル技術を供与するAUKUSという新たな三国軍事同盟を発表し、中国のみならず、これによって豪州との潜水艦開発計画が破棄に追い込まれたフランスと距離ができることも辞さず、という姿勢を明確にした。(これまた余談だがAUKUS発表の直前に行われたG7コーンウォールサミットで米英豪の3か国会談がセットされたが、会議自体もlow keyで行われたほか会議内容は一切外に出なかったことから、これら3か国の結束の硬さをうかがい知ることができた。)

翻って、米国と日本、ないし中国の関係が複雑化していくなか、日本企業の中国ビジネスが今後、2000年代のような大規模な反対運動に直面したり、難しくなるのではないか?と思われるかもしれない。

それには、日米同盟に沿った政治主導の動きはきっちりとフォローしつつ、中国側にとっても日本企業との健全な連携が彼らにとっても利益になり、よって日米同盟の存在だけを理由に日本企業を無下に扱うことがしづらいようなポジションに自社を持っていく、ということが求められる。

ありていに言えば抱き着いてしまうことが企業としての安全保障上重要になってくることが考えられるので、先ほどの話とは全く逆に、中国の大手サプライヤーとの取引は思い切って増やしてしまうとか大胆な行動も考慮に入ってくるはずである。

さてアジアにも触れたいところであるが、稿が尽きそうであるので今回の小論では割愛し、最後にこれからの調達パーソンについての意見を披露して結びとしたい。

小松左京の「日本沈没」が再度ドラマ化され放映された。この作品はサイエンス・フィクションだが同時にディアスポラ(国なき民)の物語でもある。この20年間近く、多くの調達パーソンはグローバリゼーションの波に乗って海外調達・グローバルSCMの世界で自らの限界を試してきたと思うが(筆者もその幸運にあやかった一人である)、世界の主要経済地域が急激にブロック化していく中で一種の「アイデンティティ・クライシス」のような気分に襲われることがあったとしても不思議はない。

だが嘆いている暇はない。調達という「社外への窓」を務める部門には今日もたくさんの玉石混交の情報が集まる。皆さんがそれを集めているはずである。

「スコープ3」などというお題目がなくともサプライヤー・リレーションズマネジメント(SRM)の重要性は、このような時代だからこそ高まっており、調達部門、調達パーソンの価値は価格を下げたりラインを維持することだけではなく(どこの調達パーソンと話しても物不足と物流の目詰まりでため息しか出ない一年ではあったが)、こうした周辺情報からも「次はここと組むべき、ここは引くべき」というような「経営に刺さる一手」を進言できる役割に進化していくことが求められていると信じて筆を措くことにする。

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