はじめての根拠
調達・購買部門に異動して困ったのは交渉方法でした。異動する前から、調達・購買部門は購入価格の低減が最も重要な仕事だろうと想定していました。担当するサプライヤーからの購入金額に対し、コスト削減目標が設定され、到達率を月次フォローする仕組みでした。
ある先輩バイヤーからは「モノがわからないとね」とアドバイスをもらいました。「モノ重視」の姿勢を貫くバイヤーは、設計技術や生産技術から異動してきた人たちでした。私には「モノ」を理解し交渉にどう生かすのか、「からくり」がわかりません。「モノ」が理解できれば、価格はおのずと理解できて、あるべき価格を交渉で導けるのか。私は「モノ重視」な人たちの過去の低減実績を調べてみました。その他大勢のバイヤーたちと成果に違いはありませんでした。
別の先輩からは「自分の財布から購入代金を支払うつもりで」とアドバイスされました。自分で払うのであれば簡単には合意できないはずだと。一瞬「なるほど!」と思いました。しかし当時買っていた原材料や部品を、どうしても「ほしい」とは思えませんでした。ほしくないものを買うときに、少しでも安くしたい気持ちが生まれなかったのです。
経験豊かなバイヤーたちではなく、同世代のバイヤーたちに「どうやって交渉しているの?」と聞いてみました。すると声をそろえて「サプライヤーにお願いするんだ」といった回答が返ってきました。「値段を下げてほしい」とサプライヤーの営業パーソンにお願いする。この回答には違和感を覚えました。しかし営業時代にお客さまから受けた交渉は、表出する方法は変わってもすべて「お願い」の類だったなとはじめて理解できたのです。
私が調達・購買部門への異動がきまったとき、営業担当者時代に出会ったたくさんのバイヤーのようにはならないと心に決めていました。横柄な態度で、突然商談にしゃしゃり出てきて、大幅な値引きを要求する人と同じことはしないと固く決心していました。だから同僚からの暖かい「お願いする」アドバイスも受け入れることはできません。目標は達成しなければならないし、達成の手段は皆目見当がつかない日々が続きました。
当時、パソコンは一人一台の導入が始まったばかりで、見積書や注文書はすべて書類で保管されてました。営業時代に見積書や提案書の書き方を去の書類を見て学んだことを思い出しました。過去3年分はオフィスのキャビネットに。更に過去7年分は書庫に保管。私は過去の見積書を読み返していました。しばらくして同時に注文書も合わせ見てみると、提出された見積書の金額から、値引いた金額で注文書が発行。その「値引き」額は、サプライヤーごと、価格帯ごとに傾向があるかもしれないことに気付きました。平均的な値引き幅であれば、根拠ある数値が要求できるし、営業パーソンが合意してくれるかもしれない、そう考えました。私がバイヤーになって価格交渉に活用するためにはじめてつかんだ「根拠」は、過去案件の平均的な値引き幅であり、額でした。