サプライヤの疑心暗鬼払拭に欠かせない内向きな調達・購買部門(牧野直哉)
ある会社でこんなことがありました。
サプライヤに発注しても納期は遅れ、要求数量がそろいません。サプライヤに現状と見通しを確認しても、なかなか改善の期待すらもてない。納期遅れは、社内工程調整や顧客との交渉で乗り切れるものの、数量不足は販売機会が失われ、売り上げ減少が調達・購買部門責任となるゆゆしき事態。発注数の約20%の数量しか納入されない事態に、必要数100%を確保するため、発注数量を必要数の5倍にする処置が実行されました。
確かに発注数量を5倍にすれば数式上は必要数量が納入されます。発注されたサプライヤからみれば、従来対比で5倍もの数量をいきなり発注され、生産能力が不足している状況下ですぐに社内生産指示できるでしょうか。納入「数」は改善しない状況が続きました。
5倍に増やされた発注は、納入数量の改善がない中でも、注文残として残りました。その後全体的な需要が減退し、販売需要の減退と調達量の増加が同時に発生。ある会社では部品在庫が膨れ上がり、運転資金負担が増加して経営状態が悪化、外部から資金提供を得て何とか経営を続ける状況となりました。
今、調達・購買関連のニュースを見ていると、サプライチェーン断絶を回避するため「在庫増戦略」を報じる記事。一方で景気減速を想起させるような小売業界が在庫増に苦慮する記事が混ざり合って報道されています。どちらが正しいのか?ではなく、異なる需給状況の混在の真っただ中にあると、調達・購買担当者は強く意識すべきでしょう。
もし在庫増を目指しているのなら、昨年同時期と現在の在庫量を比較しましょう。増えているのか減っているのか。どちらが正しいか。「正しさ」は、企業ごとに異なります。正しさを見極める根拠は、調達・購買部門にはありません。購入品目と在庫品の消化見通しを厳しくしっかり見極めるため、社内関連部門から情報を収集して判断します。一般的に組織化の進んだ企業であれば、購入数量の決定権は調達・購買部門にないでしょう。営業部門や生産管理部門、製造部門に対して、今後の見通し提示を厳しく求めましょう。
これまで少なくとも20年以上「在庫=罪庫」でした。できているかどうかは別にして在庫はゼロが理想であり、必要なときに必要なモノを必要な量だけ納入をサプライヤに要求してきました。サプライヤからすれば「本当に買ってくれるのか?」と、目の前のこなしきれない受注を目の前にして、喜びではなく疑心暗鬼にさいなまれているのです。調達・購買部門やバイヤが「必要なときに必要なモノを必要な量だけ納入」を声高に叫び始めた頃、多くの企業では、不良在庫や過剰設備に悩まされていました。需要が増加に転じても、簡単に設備投資できないし、従業員の採用にも苦労している現実に加え、また需要減に転じたら、早々に発注量を減少させるのではないか。これが疑心暗鬼の根幹です。
サプライヤがバイヤ企業にもつ疑心暗鬼を除去するためには、需要が増えるにしろ減るにしろ、確実性の高い情報を提示しているバイヤ企業としての真の信頼が欠かせません。調達・購買部門から確実性の高い情報を発信するには、社内関連部門から高精度な情報を収集できるかどうか。調達・購買部門は内向きのコミュニケーションによって強い社内地盤づくりが必要です。調達・購買部門が社内総意をまとめ、企業の総合力をもっておこなうサプライヤへ対処が今、求められているのです。