2-(3)-2 調達・購買の社会的意義「私の経験」
「従業員が工程内で腕を切り落としてしまいました!」
サプライヤーから「ある製品が納入遅延になりそうだ」という電話を受けたときに、そんな理由を教えてくれたことがあります。
正直、私は驚いてしまいました。というのも、そのサプライヤーの工場にはそのちょっと前に監査を実施し、安全面も「優良」という結果になっていたからです。新しく取引を開始するサプライヤーでしたが、準備は万全のはずでした。
サプライヤーに対して次のような作業・書類を要求していました。
・ 工場品質証明取得の有無(ISO等)
・ 品質管理体制図
・ 温度、環境、動作試験指示書
・ 使用物質一覧表、環境対応の取り組み予定表
・ 工場監査時指摘の改善確認書
・ 資本金等の企業情報一覧
・ 企業安全性、収益性書類
・ 取引基本契約書
等々。まるで抜けがないように思えました。実際、私も工場監査中なんら疑問を持つことがありませんでした。普通に見える工程。普通に見える従業員たち。何ら問題がない工場であるかのように思えました。
腕を切り落とした原因を聞いてみると、どうやら大量の生産品をさばくために、安全装置を稼動させず、かなり簡略化したやり方で生産していたようでした。
少し背景を説明します。製品はプレス品でした。プレス品のうちタンデムという製法で生産するものは、一回一回製品をセットしたあとに作業者が両手を使いボタンを押す必要があります。両手でボタンを押させることで、作業者がプレス機に巻き込まれることを防止しているわけです。ただ、両手でボタンを押すことは、かなり時間がかかり、生産効率が落ちてしまいます。
それを改善するためか、この工場の一部では片手で製品をセットし、足の付近にボタンを設置し、そのボタンを足踏みすることでスピードアップを図っていました。安全装置の思想を無視した形で、この工場は稼動していたのです。もちろん、書類には表現されません。しかし、こんなことは、秘密でもなんでもなく、ただ「そこにある事実」でした。こんなことは工場の中では誰でも知っていたことです。
問題だったのは、その「事実」に対して私も含め誰も疑問にすら感じず、「こういうもんなのか」という程度しか感想を持ち得なかったことです。
こういう目に見える事実を発見し、正規のやり方を指導し、地道な改善を積み重ねてゆけば、生産が遅延することはありませんでした。何より大事な工員が腕を喪失することはありませんでした。