帰ってきた池田史子の参謀日記15

いま未来調達研究所でアシスタントというか、サポートというか、さまざまな仕事をしています。

これまで言えなかった、恥ずかしくて辛い過去について書こうと思います。

私は大学卒業後、海外で暮らしていました。社会人経験もなく、お金もなく、ギャラリーでアルバイトをしながら、学校へ通い、必死に生活していました。大変でしたが楽しいことも多かったです。

家は、一軒家の一部屋を韓国人の女の子とシェアしました。その一軒家に住むのは全員韓国人で、一人日本人だった私に、とても優しくしてくれました。ご飯もよく作ってくれました。

そんな生活が続きだいぶ経った頃、友人の紹介でとてもお金持ちの彼氏ができました。それからと言うもの、家賃も払わず高級住宅地にある彼氏のうちへ転がりこみ、ほぼ毎日赤ワインをボトル一本あけ、仕事をやめ、たまにプールで泳いだり、友達と遊びに行ったりと、思い返すだけで最低の生活をしていました。

特に最低だったのは、レストランでお金を払ってもらっても、コーヒー代を払ってもらっても、御礼一つ言えなかったことです。今でこそ、お金を稼ぐのはどれほど大変なことか分かりますが、当時は、「当然!」というような態度をとっていました。おごっていただいたときには、きちんと御礼をしなくてはいけないと、今でもよく思い出します。

何のために海外に行ったのかもよく分からなくなり、しばらく過ごしていたある夜のこと。家にある荷物を、私の取りに行けない場所へ彼が全部運びだしたのです。そして翌朝5時、家を追い出されました。ヨーロッパの寒空の下、私はその場で数万円ほどのお金を渡され、日本に帰国することになりました。

誰もいない路上で、どれだけ泣いたか覚えていません。

最後に「料理、洗濯、掃除、ありがとう。もっと料理を習っておけばよかったよ。」と言ってもらえたのが救いです。

その後、社会人としての常識や、基本的なパソコンスキルなどを身につけようと、自分なり努力してきました。まさか、当時の彼よりも厳しい上司のもとで働くことになるなんて、想像もしていませんでした。

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