調達業務のリスクマネジメント~東日本大震災の教訓 2章(2)-9
このころ、倉布は自社の被災県にある工場に向かっていた。倉布が自社工場に出向く目的は、代替材での試作品チェックだった。近隣県の空港に降り、そこからレンタカーを借りた。すれ違う車、追い抜く車ともに自衛隊の車両が多かった。倉布は、一人乗った車のなかから「ありがとうございます」と口にした。自分は被災地のために何かしているのだろうかと考え込んだ。ラジオからは被災し避難所生活をしている小学生が、大人たちに元気を出してもらうため、壁新聞を発行したことを伝えていた。炊き出しがおいしかったことや、風呂に入れたことなど楽しいかったことだけを記事にしているという。
自然と涙がこぼれてきた。
不覚だった。
続いて、ラジオキャスターは子供たちからのメッセージを読み始めた。「仮設住宅の建設が始まった。やった!」。はっとした。倉布がやろうとしていることは仮設住宅の部材を届けることだった。社内でのゴタゴタ、試作品の評価スケジュール……。そんなことばかりを考えて、その先で何をやろうとしていたかを失念していた。自社の生産を回復させることは、仮設住宅につかう建材も生産することだった。
社内のこと、理不尽なこと、不条理なこと。考え込んでいてもしょうがない。倉布はラジオに向かって話しはじめた。「よし、俺が仮設住宅に使う資材をなにがなんでも調達してやる。ありがとう」。おそらく会うことなき壁新聞の少女に「約束」した。
倉布が車窓から山々を見ると、遅い雪解けが始まろうとしていた。