調達業務のリスクマネジメント~東日本大震災の教訓 1章(1)-7

21時15分。田中雅人は六本木のオフィスから浅草まで3時間ほどかけて徒歩で帰宅した。自宅には、妻と老いた母親がいた。戻ってくると、「生きてたか。生きていたらそれだけでいい」と母親がゆっくりいった。妻はテレビを見ながら、福島原発が大変なことになっている、と教えてくれた。「止まっちゃって、しかも放射能が大変なことになるかもしれないって」。田中はその翌週から追われるはずの作業に頭を巡らせていた。福島周辺には重要なサプライヤーがたくさんある。そのときは直感だったものの、「直近は在庫で対応できるだろう。しかし、福島周辺のサプライヤーが相当な影響を及ぼすに違いない」と思った。

妻は「原発の問題は恐いですねえ。逃げないといけないのかねえ」と母親に話しかけていた。母親は「日本人全員一緒に被曝して生きていけばいいんよ」といった。田中はなぜかその一言がいまだに頭に残り続けている。「生きていたらそれだけでいい」。長崎で原爆を経験し、焼け野原からなんとか生き延びてきた母親がいった一言だった。

24時00分。地震の日、多くの人たちは混乱のなか、なんとか眠りにつこうとしていた。

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