3章-5:コスト削減
ある日のことです。
彼が、朝パソコンを開くと、妙に間違いが多いことに気づきました。発注依頼が多すぎるのです。しかも、そのほとんどが、間違いだらけでした。
その間違いとは、自分が担当していない調達品の発注依頼ばかりが届いていたのです。「最近は、この種の間違いが多い。システムのエラーかな?」と思いました。しかも、そのエラーがあまりに多いため、調達の企画部門が調査を開始しました。現業部門に調査を依頼し、場合によっては正しく発注依頼がなされるような指導も実施するつもりでした。
すると、その調査を実施した調達企画部員が、彼に近寄ってきました。
「お前のところに発注依頼が集中するのは、どうやらエラーじゃないらしい」と彼に告げました。「どういうことですか?」。彼は訊きます。
「いや、どうもね、現業の担当者がみんな、君にわざと発注依頼をかけているらしいんだ。現業の担当者が、調達部門のなかで役に立つのは君だけだ、と思っているらしくてね。君と仕事したほうが愉しいって言っているらしいんだ」
「えっ……」
「なんか、ある人なんかね。君としか仕事したくないって言うんだって。アイツと仕事するのが愉しいって。そう言われると困っちゃってね」
彼は、その場で「え、いやいや。そんな、そんな」としかいえませんでした。笑顔になりながらも、大粒の涙があふれてきてしまったようです。その後、涙を止めるものはありませんでした。
「まあ、調達担当者は君以外にちゃんといるからね。君に発注依頼を継続してくれ、とはいえなかったんで、正式な担当者を教えてきたよ。でも……。嬉しいじゃない。現業の担当者がキミを指名してくれるなんて」
彼はそのしばらく手で顔を覆って、どうしようもなかったといいます。彼が入社して泣いたのは二回目でした。一回目は、昔の自分の書類を見たとき。そして二回目がそのとき。もしかしたら、その涙は、変わった自分自身に捧げられていたのかもしれません。
そして、エピソードから離れた後、私は思うのです。結局は、コスト削減とは調達部門の成績のためにやるものだけれど、それは全社への貢献の側面を忘れてはならない、と。そして、自分だけではなく、誰かのために力になりたいという、利他の心そのものが、なにか突破口を拓くのではないか、と。