3章-2:コスト削減

もちろん、彼も、自分に特別な能力がないことはわかっていました。何年か、この調達・購買という仕事を経験したものの、スキルが備蓄されていないことに自覚的でした。だから、いま以上の年収で転職するのは難しいとわかっていました。だから、ほんとうならば、もうちょっと頑張りたい。しかし、どうやっても、この「こんなことをするために会社にいるんじゃない」という思いが頭をよぎっていました。

あるときのことです。彼が大学時代の友人たちと酒を飲んだときのこと。

友人の何人かはすでに会社を辞め、新たな職場に移っていました。すると、その新しい職場はなかなか愉しいといいます。「オマエも今の会社辞めちゃえよ」。その言葉は魅力的でした。もちろん、移ったからといいって幸せになるかどうかはわかりません。でも、わかっているのは、いまの仕事はつまらないことです。

彼は、上司に辞めることを伝えようと決心し、会社の寮の部屋の整理を始めました。すると――、彼はあるものを発見しました。色あせたコピー用紙に書かれた自分の字の書類でした。「入社後の抱負」とその書類には書かれていました。どうも、自分が数年前に入社時に書いたものです。入社時のオリエンテーションで書かされていました。

彼は少し笑ってしまったようです。ああ、自分もこんなことを考えていたのか、と懐かしくなりました。それは、文字通り「書かされた」ものです。しかし、そのすべてが嘘ではありませんでした。その当時はほんとうにを考えていたに違いありません。

たとえば――。「世界中をまたにかけて仕事をすること」「社内の人の役に立って、多くの人に幸せを与えること」「自社製品を買ってくれたお客さんから、ありがとう、と言われること」「社会を発展させる製品を生み出すこと」。

彼の顔から笑顔は消えていました。その当時は、夢だけにあふれて、現実を知らずに書いたのかもしれない。そして、無知だったから書けた文章かもしれない。だけれど。その内容と、自分の今の心があまりに離れていることが、恥ずかしかったのです。昔の自分は、たしかに志を持っていた。だけど、今の自分はなんだ。情けない――。

彼は、このままだと、なぜか泣いてしまいそうでした。彼はテレビを消して、静かな部屋で考えました。「俺って、結局何かから逃げだそうとしているだけじゃないんだろうか」と。「どこに行っても同じじゃないのか? 同じような不満と不平を抱えたまま人生を過ごしていくんじゃないか?」と。彼の目には自然と涙があふれました。あれほど泣くまいと決めていたのに。

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