4-(7)-2 見積りの査定「私の経験」
「あの男は俺が殺した」
突然、上司からそう告白されたことがあります。ある居酒屋のことです。上司は、かなり酔っ払った調子でした。
実は、その数ヶ月前に別事業部のバイヤーが自殺するという事件が起きていました。自殺したバイヤーの上司は、目の前のその人でした。その上司は数ヶ月前にその事業部から異動してきたばかりでした。
上司は、「あいつの自殺は俺のせいだ」と言うのです。「あの男はね、俺が異動する直前に作ったバイヤーの評価制度について悩んでいたみたいなんだ」と。
その上司はずっとプレス品のバイヤーをやっていました。このプレス品の曲げ工程の加工費はいくら、このカット工程はいくら、このピアシング工程はいくら、この形状の深絞り工程はいくら。よって、合計は○○円。このように、各要素を積上げて価格を決定するタイプの製品ばかりを担当していたものですから、上司の調達思想は「バイヤーが調達する価格は、理論的に必ず説明できねばならない」というものになっていたようです。
「こういう材料を使い、このような工程を経るのだから、必ずこの価格になるはずだ」。そういう信念にも似た調達スタイルを持っていたようで、それはどんな製品にも応用できると考えていたようです。
この上司は、以前の職場で「全ての調達製品にコストテーブルを作成することを義務付ける。そして、そのコストテーブルよりいかに安く調達することができたかで、バイヤーの評価を決定する」という提案をし、実行しました。
成型品などはもちろんたやすかったようです。しかし一番困難だったのは、半導体を担当していたバイヤーでした。DRAMなどは市況にも影響され、また物不足であれば調達するのもやっと。コスト低減をすることなどできないことが多々あります。しかも、半導体の加工工程を分析しコストテーブルを作るなどできるはずもありません。
ですが、その上司は「半導体や電子・電気部品はコストテーブル化が難しい」と相談されても、「だってウエハーの使用面積を計測して、エッチング工程とか要素毎に計算したらコストは算出できるだろ?」と全く譲りません。
そして、譲らないままその評価制度は開始されました。少しして、その上司は異動。私の上司となっていました。成果が出ずに迷いに迷ったそのバイヤーは、サプライヤーになんとかお願いする毎日。調達するだけでも大変なのに、少しでも価格を下げないと評価されることはありません。お願いと土下座の日々。
その後、間もなくそのバイヤーは自殺しました。