6章-10 モチベーションゼロの仕事術

まったく同じ仕事をしても、誰かは面白いと思い、自らの成長のキッカケを見つける。ただ、違う誰かは、やる気やモチベーションを理由に、試行錯誤を重ねることもない。大げさにいえばこれこそ、奇跡ではないだろうか。同じことに接しているのに、抱く感情の多様性。もちろん、同じ奇跡であれば、愉悦を感じるほうがふさわしい。

たとえば、地のようにミュージシャン志望で、夢破れ、私のように資材係になったとしよう。私は、自己説得法に三つあると思っている。

  • 「かつての希望職種より、現在の職種が自分に適している」と考える自己説得法(「かつての希望職種≦現在の職種」)。これは、小さな成功や承認経験を重ねることで可能となる。これは本書でもくりかえし説明した。ミュージシャンよりも、企業取引の売買に身を委ねたほうが成果は出る場合もあるだろう。ただ、なかなかこう思えない場合は、②を考えよう。
  • 「かつての希望職種より、現在の職種のほうが、もともとの自分の希望を叶えることができる」と考える自己説得法(「かつての希望職種<現在の職種」)。たとえば、ミュージシャンであれば、音楽を演奏することの先に、お客を喜ばせる愉悦があるはずだ。そこで、お客の定義を「ライブに来てくれるひと」から、「自分の商品を買ってくれるひと」に修正する。そうすれば、ミュージシャン志望であっても、資材係として、お客の喜びという一点で支えられる。ただ、これでも厳しければ、③を考えよう。
  • 「かつての希望職種は、現在の職種そのものである」と考える思考法(「かつての希望職種=現在の職種」)。おなじくミュージシャン志望者であったとしたら、資材係こそ、仕事のなかでもっとも音楽性が発揮できると思い込むのだ。実例で話そう。私のかつての同僚にミュージシャン志望のAくんがいた。たとえば、会社の役員が取引先にたいしてプレゼンテーションをおこなうことがある。大きな会場で、多くの取引先を集め、式を開始する前、あるいはプレゼンテーションのあいだ、バックミュージックを流す。その音楽によって式の雰囲気が左右される。Aくんは、その音楽を選曲したり、これまで音楽を使うことすら考えなかった場面で効果的に挿入したりした。Aくんは、資材係でありながら、ミュージシャンとして多くのひとに影響をあたえることに成功した(おそらく、この挿話を些末なエピソードだと笑うひとは、小さな承認体験の重要性を理解していないはずだ)。
    ちなみに、私は文章を書く仕事が自分にはマシではないかと考えていた。それは書くことが好きというわけでは決してなく、それしか人並みにできることが見つからなかったのだ。前述のとおり、運悪くその手の仕事に就けなかった私は、資材係のまま書く仕事をはじめた。おそらくサラリーマンで書くことと無縁なひとはいないだろう。とくに会社の外部=取引先とふれあうことの多い資材係は、書くことがいくらでもあった。取引先の特徴や状況、新製品や品質状況に新工場設立情報やら、与信情報……。私は誰に頼まれることなく、それらを次々にまとめて社内に発信しだした。おそらく新聞記者よりも日々、たくさんの文章を書いていただろう。私は、異業種でありながら、越境し、同化することに成功したのである。
    私は「好きなことを仕事にしたい」と相談を受けるたびに、「今の仕事で好きなことをすればいいのに」と思ってしまう。大切なのは、好きなことをやるのではなく、やることを好きになることだ。そうすれば他者への怨恨のように「強がり」ではなく、その仕事そのものに強度をえることができるだろう。

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