3章-7 モチベーションゼロの仕事術

勉強会のあと、この二人は飲みに行くことにした。金が誘った店は、ブルーラベル銀座店だった。なんでも、金は、この店に一人で飲みに来る美女を口説いたことがあるようだった。それを聞いて、ビは高給な店に行けば美女がゲットできるのだと興奮した。ビは、誘われるままについて行った。

しかし、店に先客はいなかった。店に誰もいないことを確認し、金は「女性はいないけど、この店でいいよな」とビに聞いた。ビは、「女性がナンパできる」と興奮していたので、ひどく落胆した。遊び慣れていないビは、顔つきからその落ち込みぶりがよくわかるのだ。何かのためにやる気やモチベーションを抱くという心のありようは、その何かがなくなった瞬間にすべて台無しになる。ビが仕事で見せる傾向は、飲み屋でも同じだった。いっぽうで、金は美女がいなくても、二人で飲んでいるその状況を愉しもうとしていた。

ビは、お会計のときに一人15,000円であることを知り、こそっと「割り勘で。ぼくの分はクレジットカードで」と金にお願いした。すると、差し出したビのクレジットカードは、年会費1万円のゴールドカードだったのにたいして、金のそれは、アメックスの黒いプラチナカードだった。ビは年会費1万円がもったいなく、百貨店系の年会費無料のカードに切り替えようと思っていたが、恥ずかしくなった。金は「いいよ、ここは俺が払うよ」といって、支払った。「ごめん……」と頭を下げたビは、自分のノリ切れない態度が金に悪印象を与え、そして借りまで作っていることに無頓着だった。

「もう一件行こうか」と誘われたビだったが、「いや、明日は早いから」と断り、すぐさま電車に乗り、自宅近くの時間3000円のキャバクラに行った。ビは、恨みを込めて、隣に座ってくれたマイちゃんに「この社会っておかしいよな」とつぶやいた。「おなじような仕事しているのに、給料が高い奴らがいてさ」。ビのグチにつきあっていた優しいマイちゃんだったが、ビが「まあ、あいつらがいいのも今のうちだけさ。結局、勝つのは俺のほうだ」と述べるにいたっては閉口した。自身の卑下と、その裏返しの自慢。これはビの特徴だ。

「この前は、仕事にやる気が出ないっていってたじゃん」とマイちゃんはビにいった。すると、ビは「違うんだよ。今の仕事の環境が悪いんだよ」と周囲のせいにしだした。「それに、俺は本気出していないだけだ」と語ったので、マイちゃんはそれ以上のコメントをしなかった。「そうだよ、俺だって、この会社を辞めれば、もっと活躍できるんだ」。マイちゃんは「ここではないどこか、なんてないよ」といいたいと思いつつ、口をつぐんだ。

ビは電話を取り出した。マイちゃんは、ビが会社を辞める電話をしているのだとわかった。「下課長、実はボク、会社を辞めようと思っているんです」。「簡単にいうと、やる気がなくなったんです。違う道で自分のほんとうにやりたかったことに挑戦してみたいと思っています」。「まだボクは本気出していないだけですし、本気を出したくなるような仕事ではなくなっているんです」。

マイちゃんは、今日も夜の街に溺死する男性を見た気がした。

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