3章-4 モチベーションゼロの仕事術
私は下に、その数日前に会った上のことを雑談で話した。すると、下は、上のことを知っているという。上と下は、実は大学のときに、同じサークルに属していたようだ。複数大学で主催していた「ダンスサークル」に属していた二人だったが、下は自分が気に入っていた日本女子大学の女子を、上がパーティー後にさらっていった21歳の冬の思い出をまだ忘れていないという。
酔いつぶれて新橋のSL広場をさまよっていたとき、上と下がばったりと出会ったことがあったらしい。上と下はそのままひさびさに飲むことになったようだ。下は「ほんとうに大変だよ。ウチなんて、今期は全社の人件費を3割も下げなければいけないんだ」とボヤいた。すると、上は「すごいよなあ、俺なんて、接待交際費を3割下げなければいけないだけだ」と述べたという。
かなり酔ってしまった下は、三次会として上がよく利用しているという銀座のスナックに行くことにした。上の慣れたさまは、容易に想像できる。さまざまな話をしたあとに、上の一言が下を酔いから覚ましたようだ。「今日は、ワリカンでいいよな」。下は部下との飲み会で五千円札を使っており、千円札があと3枚しかなかった。
上は、「安いよ、ここ。一人たったの2万円くらい」といったものの、下はプライドを保つために、「いや、ここくらいは俺が払うよ」とクレジットカードを差し出した。
「じゃあ、また会おう」と名刺交換をしたあとに上は鮮やかな笑顔でタクシーに乗り込んだ。「また……」と手を振った下はすぐさま山手線がまだ動いているかを確認しだした。
下は走った。もうちょっとで山手線が終わってしまうのだ。しかし、下は残念ながら、終電に乗ることはできなかった。そこで、心のなかでつぶやいた。「あ、しまった。今日は早めに帰って、資料を作成しなきゃいけなかったんだ」と。
ホテルで1000円のレンタルPCを借りた下は、この1000円を取り返すために、四日間の禁煙を決意した。
そのとき、下部下から電話がかかってくる。「下課長、実はボク、会社を辞めようと思っているんです」。下は驚くと同時に理由を訊いてみた。「簡単にいうと、やる気がなくなったんです。違う道で自分のほんとうにやりたかったことに挑戦してみたいと思っています」。「そんな……。お前とは、有楽町のガード下の赤ちょうちんで280円のビールを飲みながら、世界を目指してがんばろうって語りあったじゃないか」。「はい、だから、それよりもやりたいことが見つかったんです」。「まだ、お前には学ばなければならないことがたくさんある」。「まだボクは本気出していないだけですし、本気を出したくなるような仕事ではなくなっているんです」。「もうやる気はないってことか」。「そうです」。
やりがいや目標の重要性ばかりを伝えてきた下に反論の術はのこされていなかった。
そのとき上は、タクシーで六本木に降りたあと、部下を電話で呼び出して飲み直していた。上は部下に青臭い説教をすることはない。たんたんと仕事をこなす「デキる」上司の上に、部下は「いつもエネルギッシュな上部長は羨望の的ですよ」といった。
上は首を振り、「情熱がなくても、情熱があるように振る舞うことはできるよ」と答えた。