2章-10 モチベーションゼロの仕事術

私は本章の冒頭で、あらかじめ失われた恋人たちの様子を書いた。そして、「彼らが、別れてしまうことをあらかじめ知っていたら、どうなるだろう」と仮定した。そして、さらにその問いに意味がないことも。

高校や大学時代がいちばん愉しかったというひとたちに、「そのころの彼女や彼氏と付き合っていたころ、いつかは別れると思っていた? それとも結婚するだろうと思っていた?」と訊いたことがある。その答えのほとんどは「考えたこともなかった」だった。

おそらく、その答えは当然なのだと思う。

彼ら高校生は、おままごとのような恋愛の渦中にいる。それが後年からみて、どんなに幼稚であったとしても、その輝きが失われることはなく、むしろ輝く。きっとそれは、幼稚なりに、相手を考えぬいているゆえだろう。相手のささいな言葉の端々、相手のちょっとした行動、相手のさりげない表情。それらから推測する相手の気持ちにあれほど敏感になっていた季節はない。

相手から「求められる」ために自己を失うことが、おそらく私たちの充実に欠かせないものに違いない。

藤子・F・不二雄さんの作品に『あのバカは荒野をめざす』という異色な短編がある。藤子・F・不二雄さんの短編には、「あったかもしれない過去や将来」について、考えたことのないひとにはバカげたこととしか思えないものの、考えたことのあるひとには胸に迫る強烈なリアルがあふれている。

大晦日、主人公のホームレスは、ある26歳の男性を説得するために27年前にタイムスリップする。主人公が説得を試みようとした男性は、27年前の自分だった。ホームレスの主人公は、大企業の社長の御曹司として生まれた。輝かしい未来が約束されていたものの、27年前の大晦日にバーの女給の頼子と駆け落ちすることを決意していた。この決意こそが、のちに主人公の人生を転落させ、ホームレスに追いやったのだった。

ひとの愛情はすぐに色あせ、情熱は冷めていく。主人公は、かつての自分に言葉を投げかける。「温室をとび出し、寒風吹きすさぶ荒野を目指しつつあるわけだ。いっとくが、その荒野のきびしさは予想以上のものだったぜ。暗く寒く……渇いて飢えて……そしてなによりも…………果てしがなかった」。しかし、かつての自分はその助言に耳を傾けることはなかった。「頼子にはぼくしかいないんだよ。苦労しているけど純な良い子だ。あの子を幸せにしなきゃ、ぼくが、この世に生まれてきた意味がない」。そして、かつての自分は「ぼくは、ゆるせないぞ、自分がそんなにみにくく老いていることを!! 過去の自分をせめる以外なすこともなく…………」と怒り出す。

結局、主人公は説得に頓挫し、現在に舞い戻る。しかし主人公に落胆はなかった。「結局…………道をあやまるのも若者の特権ということかね。だれにも止めることはできない」と語り、ただただ情熱的だった自分の姿を誇らしく思い出す。ラストの、主人公が笑顔でふたたび人生に挑戦することを決めるシーンは感動的ですらある。「なにかをやってみたくなった。ひと花咲かせられないものでもあるまいよ。なあにおれだってまだまだ…………」。主人公はそういって夜の街に歩いていく。

失敗するとわかっているかつての自分から励まされる逆説。この物語は藤子・F・不二雄さんの短編のなかでも人気が高く、一般的には情熱を失った主人公がかつての自分を見て、明日への希望を紡ぎだすものとして理解されている。しかし、この短編をはじめて読んだ小学生の私には違った衝撃をもたらした。

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