1章-10 モチベーションゼロの仕事術
さきほど、企業が労働者に「やりがい」や「夢」を求め始める構造について書いた。そして、やる気やモチベーションが創造された仕組みについても述べた。これは企業を一方的に悪く書いたのではない。むしろ、消費者にも、「やりがい」や「夢」を求めてきたように私には感じられる。
私は「日本経済が停滞し、消費者がモノを買わなくなり、商品が売れなくなった」結果として「消費そのものが労働になった」と述べた。
商品一つひとつの差異が少なく、汎用品は価格だけが購買基準になってしまった現在、消費者は売り手に、せめてもの差異として「やりがい」「夢」「やる気」「感情」を求めだした。同じものを買うのであれば、元気の良い、感じのよい、そしてやりがいや夢をもった店員を選択することは理解できる。
ただ昨今では、むしろその点だけを極度に重視しはじめた。本来であれば、お金を払う対象はモノでありサービスであったはずなのに、売り手そのものが購買対象となった。
この傾向は、かつてから指摘されてきた。たとえば、現在では古典的な名作ともいえる『管理される心』(A.R.ホックシールド著・世界思想社)で、その傾向が取りあげられている。著者は、当時のデルタ航空での社員教育の例を紹介し、こう書く。
<教官で、陽気に訓練をする曹長のようなスタイルを好んでとる人物がいたが、彼女が声を張りあげてこう言った。「私たちがいつもやっていることは?」。ある生徒が「デルタを売っています」と答えたとき、彼女はこう切り返した。「ちがうわ! あなたたちはあなたたち自身を売っているのよ。あなたも自分自身を売っているんじゃないの? あなたたちは自分自身に関わる仕事をしているの。私たちは自分自身を売ることを仕事にしているのよ、そうでしょう? それがすべてじゃない?」(126ページ)>
そして著者は、同社にかぎらないこの感情販売の様子をこうまとめる。
<資本主義が、感情を商品に変え、私たちの感情を管理する能力を道具に変えるのではない。そうではなく、資本主義は感情管理の利用価値を見出し、そしてそれを有効に組織化し、それをさらに先へと推し進めたのである。そしておそらく、感情労働と競争とをつなぐために、そしてさらに、実際に「心からの」笑顔を宣伝し、そのような笑顔を作り出すために職員たちを訓練し、彼らが笑顔を作り出すところを監督し、そしてこの活動と企業の利益との結合を作り出すために、ある種の資本主義的誘因システムが用いられるのである。(213ページ)>
かなりややこしい日本語だけれど、「いまの社会では、感情が売り物になることが発見されたんで、社員に笑顔を作らせ、管理している」ということだ。この『管理される心』が1983年に指摘しているとおり、この感情販売は昨今の特有の事象ではない。
ただ、この流れが加速している。いまでは、「やりがい」や「夢」、そして「やる気」や「モチベーション」の大切さを社員に伝えない企業のほうが、むしろ少数だろう。そして、「仕事で自己実現を!」「あなたは仕事で自分自身を売っているんです!」という教育はいたるところで見られる。そして、現代に働く私たちはみな、「やる気」や「モチベーション」に罹患していった。