ほんとうのBCP作成方法(牧野直哉)

来週、東日本大震災から8年を迎えます。あの災害を調達・購買/サプライチェーン視点で思い起こせば、過去の災害では見られなかった新たな問題が幾つも顕在化しました。購入品の供給が滞り、日本国内のみならず海外の工場における生産にも影響したのです。東日本大震災以降、大きな災害の発生に、供給の断絶が語られるようになりました。断絶しない事前準備も多くの企業で取り組みが進んだのも事実です。

私は仕事柄、様々な企業のBCPを見ます。しっかりした内容もあれば、単なる緊急連絡網にすぎない内容もあり、内容は大きくばらついています。確かに、どんな災害が起きるか、その詳細は起こってみなければわからないし、どの程度の被害を想定するかはもっとも正解のない難しい問題です。しかし確実に言えるのは、企業が立案するBCPでもっとも重要なポイントは、従業員とその家族の命をどう守るかです。会社やサプライチェーンを守っても、従業員がいなければ事業の再開などできません。

確かに会社が従業員や家族の災害時の安全を全般的に確保する必要はありません。従業員の自助努力と地域行政が主体的に行うべきです。1つ言えるのは、企業のBCPと従業員の防災対策は、防災発生時に連続性が必要です。自宅で災害に遭遇した場合は、自宅と家族の安全を確保してこそ会社の事業継続につながります。勤務時に災害に見舞われた場合、管理職であれば会社におけるBCPの実行を、家族の安否確認と同時進行で行う可能性は高いですね。

企業におけるBCPの策定は、従業員の防災対策や災害発生時の行動を関連付けて設定しないと実効性は確保されません。例えば2011年3月11日の地震発生後、都内の交通網は完全に麻ひしていました。幹線道路には、オフィスから自宅を目指して歩く人があふれていましたよね。当時は多くの会社で帰宅指示が出されました。重要なのは、あの日あのときのあの災害のレベルだったから帰宅指示を出したと説明できるかどうか、何らかの帰宅指示にまつわる基準が存在したか、です。とても大きな地震だから、それだけで帰宅命令を出したのでは不十分です。

不十分な実例にはもう一つ顕著な例があります。様々な企業のBCPを参照して感じるのは、災害発生のタイミングを、平日の昼間にだけの限定や、発生時を昼と夜の2ケースだけの想定です。従業員の災害発生時の安全には、少なくとも次の16パターンは欠かせません。

1.場所
(1)自宅
(2)会社
(3)移動中
(4)よく行く場所(得意先、子供の稽古事や塾)
2.時間
(1)昼間(明るい)
(2)夜間(暗い)
3.季節
(1)夏
(2)冬


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表中の「準備」とは「事前準備で被害の最小化が期待できる場面」との意味。「行動」とは、そのときの状況がなかなか特定できないので、まず最小限の行動だけ決めておく場面との意味です。この程度は事前に決定し、従業員を災害に見舞われた後に、業務に復帰してもらうプロセスをつくらないと、せっかく作ったBCPも画餅に終わる可能性が高くなるのです。

この16パターンで、あえて細分化が必要なのは「移動中」でしょう。移動している最中のどこで災害に遭遇したのかによって、その後の行動が大きく左右されます。例えば、私がいつも考えている例で説明します。

私の自宅は東京都の市部です。そして現在頻繁に訪問している企業が都内にあります。往復にはJR京浜東北線を使っています。乗車中に大きな地震に遭遇したと仮定します。JR東日本では災害発生時の対応として「防災業務計画(https://www.jreast.co.jp/company/pdf/bousaigyoumukeikaku.pdf )」を公開しています。地震発生時の具体的な対応ははっきりと明記されていません。「第6章 津波への対応」には、「第2節 列車の運転規制」が明記されています。以下、原文のまま抜粋します。

第 2 節 列車の運転規制
支社長は、津波警報等が発表された時は、次の各項に掲げる列車の運転取扱いを実
施する。
1 津波注意区間外に在線している列車は、津波注意区間内に進入させない。
2 津波注意区間内の列車で、運転に支障がないと判断できる場合は、可能な限り津波注意区間外又は次の停車場まで運転を継続する。
3 対策本部から列車の運転を再開しても差し支えないことの通告を受けるまでは、
列車の運転を再開してはならない。
第 3 節 お客さまの避難誘導
支社長は、津波警報等が発表された時など津波の危険性を知り得た場合は、お客さまに対して次の各項に掲げる措置を講じる。
1 津波注意区間内の駅のお客さまに対しては、放送等により避難を呼びかけ、避難場所へ避難誘導を行う。
2 津波注意区間内で停止した列車のお客さまに対しては、避難を呼びかけ、避難誘導を行う。

この内容から類推するに、駅間で緊急停止した場合は、最寄り駅まで運転するか、停車した場所で乗務員による避難誘導が行われると前提します。この場合は、輸送機関を運営する管理者の指示を仰ぐのが得策でしょう。

次なる問題は、どの辺の場所で止まったか?です。自宅と訪問先の間には多摩川があります。土地勘はあるので、徒歩であっても帰り着けるでしょう。しかし自宅から見て、災害発生が多摩川の手前か、それとも先かで、徒歩での帰宅に大きく影響するだろうと思っています。また朝(明るい)か夜(暗い)かの要素も大きいでしょう。気持ちは自宅に一刻も早く帰りたい、と気持ちがはやるでしょう。しかし冷静に状況を判断して、最寄りの一事避難所等で夜を明かすといった選択肢も想定しています。

企業で作成するBCPに実効性をもたせるためには、従業員それぞれのライフスタイルに即した防災計画、個人版BCPの策定が欠かせません。今回の連載では、16パターンの典型例を示して解説します。どんな災害に遭遇しても無事を確保し、皆さまに生き延びてほしい、そう心から願っています。

(つづく)

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