連載「ファクト主義」(坂口孝則)
*世の中の「思い込み」がほんとうか検証する連載です。
「日本の貨物量は減っている」
目の前の状況は、世界の一部でしかない
・日本の物流
私が社会人一年目になったとき、企業の資材係として配属された。誰でもできる仕事と思われていた。当時、資材係と物流係は、おなじような扱いだった。どちらも、モノを右から左に流すだけ。あるひとからは、「それら仕事はコンドームなんだよ」といわれた。どういう意味なんですか、と訊いた私に「居ないに越したことはない。居るのであれば、存在感が薄いほうがいい」と教えてくれた。あやうく感心してしまうところだった。
しかし、このところ、資材あるいは物流の存在感が増してきた。それは二つの時代背景があったように思う。一つ目は、企業が右肩上がりの成長を期待できなくなったために、外部への支出を厳格化しようとしたこと。つまり、コスト削減へ注力しだした。そして、二つ目は、アマゾンの当日配送のように、物流そのものの卓越性で付加価値をつけようとする企業が出てきたためだ。いまでは毎日のようにネットで買い物をするひとたちは多い。
物流とは、何かと何かをつなぐ役割をはたす。当たり前だが、生産と消費は異なる地の場合が多い。あるいは倉庫と消費は異なる地が多い。生産に適した条件の地は、その財によって異なる。また、さらにその生産工場に部材を提供する工場も全日本に分散している。そして、その完成品を欲する消費者は全国にいたる。
貨物を送ったら数日で目的地に届く国と、一ヶ月かかる国。どちらが住みやすいかはいうまでもない。物流が発展するほど、その国民の利便性があがり豊かになる。その意味では、日本は物流先進国だ。
・日本の貨物量についての思い込み
ところで、私が次のようにいうと、多くのひとが驚き、そして、反論を口にする。
・日本国内の貨物量は減っている
・物流業者は儲かっている
多くの反論は次のとおりだ。前者にたいしては、「私は毎日アマゾンで購入しています」「メルカリだって使う」「重たい買い物をネットスーパーで注文して、自宅までもってきてもらっている」……。後者にたいしては、「現場のひとは苦労している」「再配達が大変らしい」「人手不足と聞いている」……。
これらの感覚がすべて間違っているといいたいわけではない。しかし、感覚と全体像が異なることはよくある。とくに、自分の経験があまりに強烈だと、それに反するデータを提示するひとを、倫理的に批判したくさえなる。
・宅急便依存の私たち
私はマンションに住んでいる。出かけるとき、そして、帰宅時にはベルを鳴らしている宅配便のドライバーたちに会う。アマゾン、ZOZOなどの段ボールを高く積み上げては、部屋番号を押し続けている。
実感として私もリアル店舗からの購入ではなく、スマホ・ネット経由での買い物が増えている。書籍の購入はほとんどアマゾンになった。また、特定ブランドの購入はZOZO経由になった。また家族もミネラルウォーターや、食材などを、ネットスーパーから運んでもらう機会が多い。
2017年時点ではネット経由で16兆円ほどの金額が企業から個人へ売買されている。さらにこの数字には見えないが、メルカリのような個人間での売買もさかんになっている。それらを含めると、かなりの伸び率になる。なお、推定的な数字しかないものの、個人間のネットオークションだけで4000億円ていどと予想されるため、この数字はもっと大きくなる。
(http://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180425001/20180425001-2.pdf)
それにともなって宅配便が増えるのは当然で、現在では年間に42億個もの宅配便が日本中を移動している。平成元年とくらべると、4倍の成長を遂げている。
(http://www.mlit.go.jp/common/001252227.pdf)
・減りゆく国内の貨物
しかし、注意しなければならないのは、これは私たちが認識しやすい対象であって、全体を表現していないことだ。次に示すのは、国内で取り扱われる貨物量の推移だ。
(http://www.jta.or.jp/coho/yuso_genjyo/yuso_genjo2017.pdf)
平成8年度をピークに緩やかな下落が続いている。トラックの、営業用か自家用かは、運賃を受け取るか、自社商品を運ぶかでわかれる。見ると、自家用自動車で自社商品を運ぶ量が下落している。意外なのは、営業用トラックの横ばい、減少が続いていることだろう。
次に、トンキロを見てみよう。これは、さきほどのトン数にたいして、文字通り、運んだ距離を掛け算したものだ。1トンのものを1km運んだら1トンキロで、100km運んだら100トンキロになる。
これを見ると、たしかにネット経由での販売がさかんなため、営業用トラックは比較的堅調だが、それにしても、伸びているという印象ではない。全体の輸送トンキロ推移は、おなじく緩やかに減少を続けている。
私は「日本国内の貨物量は減っている」と指摘した。これは意外かもしれない。この理由は簡単で、日本は「作って、運んで、売って、買う国」から「作らずに、売って、買う国」に変化してきたことだ。注目すべきは、先にあげたトンベース、トンキロベースのあいだ、多少の上下はあっても、日本の経済はすくなくとも成長を続けてきた。
もちろん世界とくらべて、アジアと比べて、成長率の優劣を議論したいわけではない。あくまで、貨物量と比較したときに、国内経済が同様に下がっていない事実を示している。
(国内総生産~Google Public Dataから作成)
そこで、「作って、運んで、売って、買う国」のうち、「作って、運んで」の代表である、農業や製造業の状況を確認してみよう。これは国民経済における、第一次、第二次、第三次産業の比率を示したもので、第一次、第二次産業が下がり続けていることがわかる。
(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/10/dl/02-1-1.pdf)
私は企業のサプライチェーンをコンサルティング仕事に従業している。たとえば、企業が生産を海外に移管するとする。そうすると、本来であれば国内で仕事を受注できた取引先の売上が減る。当然ながら、運ぶものはない。さらに、その取引先に部材などを納品していた孫受け、曾孫受けなどの取引先の仕事もなくなる。
消費者の目からは見えない、大きな変化は、貨物量の減少となって表れている。
(了)