フィリピンでの経験(坂口孝則)

*とても面白い経験だったので共有しておきます。


「何も考えているはずはありません」。紹興酒を飲みながら、醒めたような声でミスター・ホンはいった。「これは仕事です」。

私たちはそのとき、フィリピン・マカティの中華料理店で遅い夕食を囲んでいた。もう時間は22時になろうとしていた。私、ビジネスパートナー、知人、ミスター・ホンの四人だった。ミスター・ホンはカジノで働いていて、私の知人を担当していた。お客はVIPのみで、韓国で生まれながら、完璧な日本語と中国語を話した。

話の内容は、フィリピン経済から日韓関係や日本の景気浮揚策にまで及んだが、私が訊きたかったのは、その夕食前に見た奇妙な光景についてだった。VIPルームでは一度に信じられない金額が賭けられるが、その隣を清掃するスタッフの給料は月3万ペソ(6万円)だという。「どういう気持ちで清掃しているのでしょう」。そう訊いた答えが冒頭のものだった。

まあたしかにそうだけどさ、と答えるあいだに話題は次に移っていった。大金をそんなに長期間、賭け続けられるものだろうか。「たとえば、負け続けていたとき、自分の土地を売ったら資金ができて、そのお金で大当たりするかもしれません」。ミスター・ホンはそういうと、目の前のエビをむしりながら続けた。「しかし、それは長続きしません。いつか終わる時がきます。だから、余裕資金でとどめておく上手さがないと、私たちの顧客ではありません」。

その声は、事実を伝えているだけのようにも聞こえたし、なにかひどく乾いたものも感じられた。

ミスター・ホンは続ける。「中国人で、何億ドルも資産をもっているお客さんがいます。いつも派手で不思議な格好をしているひとですよ。出会ってすぐ、彼に訊かれたんです。『文系か理系か』と。私は文系だと答えると、『君は無理だよ』といわれました。ギャンブルは数学だと」。

ミスター・ホンは、その金持ちのブログを読んで驚愕したという。ギャンブルの理論についての深い考察、カネへの執着、生への執念、そして自由を謳歌するための思案。残念ながら私にはそのブログを紹介してくれなかったものの、彼の興奮から、金持ちの過剰さは理解できた。

◆ ◆

多くのカジノでは一般客が入場する入り口と、VIP用の入り口がわかれている。当然、VIPになるためには紹介か、多額のカネを突っ込む必要がある。私の知人は少なくないカネを「投資」していた。

VIPルームはかなりの広さで、バカラに興じている。しかし、面白いのは、プライベートルームに行くと、スタッフがカジノに興じているように見える。

「天井を見てください。そこにカメラがあります」。この状況はウェブを通じて実況され、そのスタッフは遠い国からの指示を受けて、代理で賭けているというわけだ。そこにはプラスチックのバーが何十枚も置かれていた。「この一枚が1000万円以上します。だから、いまの時点で何億円ものお金が賭けられています」。なんでも、お客の担当者を経由してお金のやりとりを重ねているのだという。

「現金を運んでくるわけですか」。「いろいろなやり方があります。たとえば、ロレックスを何個もクレジットカードで買って、その場で、わずかな手数料で買い戻してくれる店があったらどうでしょう」。ミスター・ホンは笑いながら教えてくれた。「いろいろなやり方があるんです」。

VIPルームの奥には、さらに賭け金額の大きなルームも用意されている。残念ながら、そこに入ることは許されなかったが、出てくる人たちの容姿が若かったことは印象に残った。

そのうちの一人は、黒いTシャツにスウェットパンツを履いた大柄の男がスマホで会話しながら、下卑た笑いを浮かべながらうろうろと歩き回っていた。その大柄にはふさわしくないTシャツで腕のタトゥーが必要以上に存在感を発していた。私は一人、彼らの仕事が何か考えていた。

ミスター・ホンに質問をぶつけると、「よく住んでいた土地が急騰して売却した成金だろう、というひとがいます。しかし、蓄財を賭けるひとはほとんどいません。やはりビジネスを持っていてキャッシュが入ってくるひとがほとんどですね」。彼は遠くの一人を指差し、韓国の有名な起業家だと教えてくれた。

◆ ◆

私たちは場所をカジノ近くのバーに移していた。

「ホンさん、教えてください。VIPルームに、会員証のない男が乗り込んできたら?」。「もちろん入れませんよ」。私は続けた。「でもその男は、アタッシュケースをもっていて、『ここに一億円ある』と叫ぶ」。「すぐさま入れます」。返事の、あまりの素早さに、全員が笑った。ミスター・ホンは「なんなら個別の部屋を用意します」と付け加えた。「商売ですから」。

なるほど――。そこにはたしかに少しのブレもない。冒頭で彼が、「これは仕事です」と答えたエピソードを紹介した。たしかに、「商売ですから」と語る彼にしてみれば当然のことだったのだろう。私はある種の清々しささえ感じたほどだった。

帰りのタクシーで、私は同乗したビジネスパートナーにカジノの様子を訊いてみた。「あれ、どう思いました?」「一度に何億円とか賭けているわけでしょう。格差社会っていうか。要するに、結局はカネってことなんですかね」。

私はぐるぐると、見た光景を繰り返していた。

このところ、同一労働同一賃金という言葉が流行している。しかし、どこかの大金持ちと同じことをして同じカネを稼ぐことは可能だろうか。市場にはかならず歪みがあり、そしてタイミングと運がある。もしかすると同一企業内での同一労働同一賃金は可能かもしれないが、それは世界規模で起きている大規模な変化のささやかな統一にすぎない。

私は馬鹿者だから、こんな簡単なことも気づかずにいた。

そして、私たちはどのように行きていけばいいだろうか。

(了)

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