【連載】調達・購買の教科書~インフラ、非大量生産系(坂口孝則)

今回の連載は色塗りの箇所です。

<1.基礎>
売上高、工事原価、総利益(粗利益)
資材業務の役割
建設業法の基礎
技術者制度
下請契約の締結

<2.コスト分析>
調達・委託品分類とABC分析
取引先支出分析
注文件数とコスト削減寄与度分析
労務単価試算、適正経費試算
発注履歴使用の仕組みづくり

<3.コスト削減>
取引先検索、取引先調査
コスト削減施策
価格交渉
市中価格比較
VEの進め方

<4.取引先管理>
ベンダーリストの作成
施工品質評価、施工納期評価(取引先評価)、取引先利益率評価
優良表彰制度
協力会社の囲い込み、経営アンケートの作成
協力会社への上限設定

<5.仕組み・組織体制>
予算基準の明確化、コスト削減基準の設定
現業部門との連携
集中購買
業務時間分析
業務過多の調整

・協力会社と蜜月になる意味

また、取引先への発注を考える際に、同時に考慮せねばならないのは、「発注しすぎ」を防ぐことです。厚かましい言い方でいえば、身の丈を超えた注文を繰り返せば、キャパ以上を請け負ってもらうことになるため、問題になります。どこの取引先も倒産してもらっては困りますが、あまりに一社集中だと怪我も大きくなります。

また倒産にはいたらなかったにせよ、一社だけに依存していると、商品供給遅延、供給停止、品質不良などが考えられます。また、その取引先が、原料調達があまりうまくないとすれば、原料価格高騰、原料調達状況悪化、さらにその結果として、欠陥商品がもたらされるかもしれません。

また現場が多忙をきわめるがゆえの、安全不良、衛生不良……。最悪の場合は、公害を引き起こせば、それは社会的な責任を果たした調達とはいえません。それは、さらに、中長期的な技術力低下や信用低下にもつながるかもしれません。
では、この上限設定を考える際に、有効なのが財務・与信アプローチです。これは、取引先の損益計算書等から最大受注額を計算するものです。そして、経常利益の実態から、与信限度を計算し実態と比較するものでもあります。

取引先にたいする最大の買掛金はいくらになるのでしょうか。考え方として、取引先にとって、読者の会社への「財務上の限界売掛金」を採用することになります。あまり難しくはありませんので、ゆっくり理解してください。

「財務上の限界売掛金」:直感的な意味では、資金負担にたいし、その会社が耐えうる金額を示したものです。下にある、理論上の(a)限界売掛金に、(b)許容依存度をかけて計算します。

(a)限界売掛金:(4×月間売上原価+最大仕入債務-棚卸資産)÷原価率

↑月間原価の4倍が苦しい基準。仕入債務は実質上限界売掛金を伸ばす。逆に棚卸資産は資金を寝かすことになり限界売掛金を下げる

(b)許容依存度:普通の企業は10%、優良企業は20%を使う

たとえば、年間売上高12億円の取引先があったとしましょう。すると毎月の売上高は1億円です。さらに、仕入債務が5000万円だとします。さらに、棚卸資産はおなじく5000万円だとしましょう。また原価率は80%とします。すると、次の計算式となります。

(4×1億円×80%+5000万円-5000万円)÷80%
=3億2000万円÷80%=4億円

これに許容依存度の10%をかけるのですから、4億円×10%=4000万円

これが月間の発注上限額となります。ここで、直感的に考えてみましょう。もともと「(4×月間売上原価+最大仕入債務-棚卸資産)÷原価率」という式でしたが、あえて単純化して「(4×月間売上原価)÷原価率」として考えてみます。売上原価を原価率で割るわけですから、これは売上高に近似します。さらに×4なので、最大でも、4ヶ月分相当の仕事を引き受けることはなんとか可能だろう、という意味になります。

ただ、この4ヶ月分を、一社から受注するわけではありません。あくまでも、この取引先にとって、全社での最大の受注額です。そこで、自社にとって、その取引先に、どれくらい任せるのが最大か計算します。そのために、その金額に10~20%の掛け算をします。これは、文字通り、取引先にとって、その最大の売上高のうち、何パーセントまでならば依存できるかの数となります。相手の最高売上高の10%ていどに留めるのが通常の意味です。

ところで、この10%~20%というのは、聞くひとによって、さまざまな感想をもたらします。「売上高の10%~20%が上限なら、ほとんどの取引先は上限を突破しているじゃないか。取引先のほとんどは80%~90%くらいいっている」、とか、あるいは「10%~20%ならば、それは感覚値と合う」ひとまでさまざまです。

しかし、ここは冷静に考えて見ると、売上高の80%~90%を読者の会社だけに依存しているのは、相当な一点賭け経営です。すなわち、読者の会社から発注がなくなったらすぐさま倒産してしまうわけです。もちろん運命共同体としては素晴らしいといえませ。

ただ、私はいくつかの会社を設立してきましたが、10%~20%はさほどおかしな数字とは思いません。やはり、一つの企業から仕事をもらいすぎると、その安定性について不安になるためです。
なお、補足しておきます。

1.この10%というのは、会計上の理由があります。上場企業は、予定売上高の10%を超える下落があった際に株主報告を求められます。企業価値が大きく損なわれると判断できるからです。ですので、やや強引ですが、ある企業に売上の10%超を依存しているのは、調達担当者に首根っこを押さえられたようなものです。本気になれば、その調達担当者は、10%をそぎ取ることができます。よって10%とは一つの基準値になりえます。

ここでは、販売先として自分たちの売上の10%を超えないほうがいい、という話をしました。ただ、実際は、調達先として10%以上を依存させないほうがいい、という話です。

2.また、勝手に月間売上高の4倍が最大値、と仮定しました。しかし、これは荒唐無稽な数字ではありません。月間商いの4倍程度は、現金をもっておきましょう、というのは経営の目安だからです。

とはいえ、「普通の企業は10%、優良企業は20%を使う」と書いたものの、どの企業が10%で、どの企業が20%なのか判断に苦しむケースがあります。そのときには、実際に、取引先の貸借対照表と損益計算書を使って、その企業の安定性を見てみましょう。

具体的には、「損益計算書の売上高」と「貸借対照表の現金及び預金」の欄を使います。

●「損益計算書の売上高」÷12
●「貸借対照表の現金及び預金」

これを比較した際に、「貸借対照表の現金及び預金」が「損益計算書の売上高」÷12の4倍あるのが理想です。可能なら、せめて3倍ほしいところです。1を切っていたら問題です。というのも、1を切っているという意味は、主要取引先から金払いが滞ってしまったら、一ヶ月もたないのですからね。

・取引先を見る目

ところで、さきほどまで、定量的な取引先への上限設定についてお話しました。ところで、定性的な見方はあるでしょうか。よく「工場を見る際は、トイレを見ろ。トイレが汚い工場はダメだ」とかいいますよね。

取引先を毎日のように評価する仕事にファンドマネージャーがあります。そのなかでも、私は有名なファンドマネージャーの藤野英人さんを信頼しています。

通常、ファンドマネージャーとか会計士、コンサルタントは、企業を評価する際、損益計算書がどうだとか、貸借対照表がどうだとか、キャッシュフローがどうだとか、そういった分析ばかりです。しかし、藤野さんは、もっと根本的なことを指摘しています。社長は自社商品に誇りをもっているか、とか。社会を変えたい想いをもっているか、とか。

だから私は藤野さんの感覚を信じているのですが、そのなかでも、卓見がいくつかあります。

・極端に美人の受付嬢がいる会社は問題がある
・自伝を渡す社長は終わっている
・成功している社長は例外なく細かい

美人の受付嬢は特定の資質だけが評価されており、会社が私物化されている可能性があるからです。また、自伝とは過去の出来事ですから、それを渡すとは「自分は成長しない」といっているようなものです。また、優秀な人ほど、自社の製品がどれだけ売れているか、そしてコストがどれだけかかっているか把握しているのです。これはコンサルタントにもあてはまりますね。優秀なコンサルタントは例外なく細かいひとです。

そのなかで、藤野さんは、やはり「トイレの汚い会社への投資は必ず損をする」といい、また「会議室の時計が5分ずれていたら危ない」といっています。

面白いですね。なぜ5分かというと、会議をやっていて5分のずれは相当なものですが、気づかないというのは、時間感覚が麻痺しているからです。つまり5分なんてどうでもいいと思っている。だから、その会社はダメなんです。さらに気づいても時計の時刻を修正しないということは、社員が時計なんて他人事だと思っているからです。

そういえば、私が泊まるホテルも7分くらい時計がずれているんですけれど、清掃のひとは時計を合わせることが自分の仕事と思っていないんでしょうね。それはともかく、みなさんも参考としていかがでしょうか。「極端に美人の受付嬢がいる会社は問題がある」「自伝を渡す社長は終わっている」「成功している社長は例外なく細かい」「トイレの汚い会社への投資は必ず損をする」といい、また「会議室の時計が5分ずれていたら危ない」……。

ご参考になれば幸いです。

(つづく)

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