決定版!調達購買視点での交渉論(牧野直哉)

<調達購買部門における交渉の基本>

1.調達購買部門で実施する交渉のポイント

④バイヤーは交渉相手の話を聞かなければならない

一般的には、交渉巧者は「じゃべりがうまい」といった特徴を持つとされています。弁舌を振るって交渉相手を打ちまかす、そんなイメージからでしょう。しかし、こういった考え方は間違いです。交渉では、相手に自分の主張を弁舌滑らかに伝えるよりも、相手の主張を注意深く聞く「傾聴」に重点をおきます。これには二つの理由があります。

(1)調達購買部門(バイヤー)の弱点をカバーする
サプライヤの営業担当者は、自社(バイヤー企業)が欲しい製品やサービスである「購入対象」の専門家です。サプライヤの営業担当者は、供給範囲や仕様、構成コストまですべての情報を持って交渉に臨みます。通常の売買では「購入対象」の情報量が、サプライヤと自社(バイヤー企業)では大きく異なっており、情報量はサプライヤが多く持っています。こういった状況は「情報の非対称性」とよばれます。

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バイヤーは、情報入手活動や購入した経験を通じて購入対象に関する知識を蓄積します。しかし、どんなに時間と費用を費やしたとしても、サプライヤの営業パーソンと同レベルへの到達は不可能です。調達・購買部門とサプライヤの「情報の非対称性」は、自社(バイヤー企業)の弱みへと繋がります。弱みをできるだけ少なくするためにも、交渉の場ではまず聞く姿勢が重要です。

(2)「買い手が強い」といった誤った認識の払拭(ふっしょく)
企業の調達・購買行為において、サプライヤよりも強い立場を自社(バイヤー企業)が持つのは、次の三つに限定されます。

a)複数の売り手が存在し、自社(バイヤー企業)主導で発注先の選択が可能な場合
b)自社(バイヤー企業)が「買わない」選択肢を持っている場合
c)バイヤー企業の購入がサプライヤ事業への影響が大きい(サプライヤ一社の購入割合が高い)場合

さて、このa)~c)に当てはまるサプライヤ、あるいは購買機会は、全体のどれくらいを占めるでしょうか。これは企業規模や購入対象、自社(バイヤー企業)の購買量と内容によって決まります。筆者の実務経験でも、バイヤー企業=買い手との立場だけで、サプライヤに対して相対的に立場が強いといえる経験は多くありません。

サプライヤの話を聞く姿勢の阻害要因は「自社(バイヤー企業)が強い」といった誤った認識です。強い立場に立脚した主張は、最終的に「サプライヤに対応させれば良い」との結論になります。自社(バイヤー企業)の主張のみを押し通してビジネスが成立すればハッピーですね。しかし、極めて限られた企業や状況にしか該当しません。

では、交渉の前提条件として、自社(バイヤー企業)の強さを目指すべきでしょうか。自社(バイヤー企業)の購買力は、バイヤーのスキルの問題ではなく、企業の総合力を構成する一要素です。自社(バイヤー企業)のビジネスの伸長によって結果的に得られるものです。実際に得られたとしても、その立場を振りかざすような対応は、強い立場の維持につながりません。筆者が述べる「交渉」に必要な関係は、自社(バイヤー企業)とサプライヤがフラットな状態です。話(含む交渉)したいときにできる、双方が主張しかつ、双方が理解しあう関係です。交渉力が最大限に発揮できるフラットな関係を目指すべきです。

「話を聞く」際には、見積金額であれ、リードタイムであれ、自社(バイヤー企業)に提示した内容に至る「物語」の理解に勉めます。これには二つの効果があります。まず、サプライヤ側の担当者が説明して理解してもらえたことで得る「満足感」の獲得です。自社(バイヤー企業)として満足した購入を実現するために、まずサプライヤの説明を正しく理解します。シンプルな話、話をした相手に「なるほどね~」と言ってもらえると嬉しいですよね。

続いて、自社(バイヤー企業)として満足するための条件です。交渉で有効な情報が聴取します。「有効な情報」とは次の四点です。

a)原因(外的要因):提示した条件の要因(原材料の値上げとか、設備の老朽更新とか)
b)根拠(内的要因):具体的な理由(含まれる割合や、影響度の算出方法)
c)判断基準:a)b)が提示された内容になった判断のポイント(損益悪化とか、償却率の変更とか)
d)意志決定者:サプライヤ内の誰が決めたのか(営業か、社内のルールの変更か、どの職位か)

ここでa)原因とb)根拠を、外的要因と内的要因に分けている理由です。市場価格の原材料費の値上げを例にします。市場価格が変動すると、自動的に購入価格に反映するのはどんなケースでしょうか。市場で取引されている商品と同じものやサービスを購入する場合は、そのまま価格に影響をおよぼします。しかし、購入全体の一部を構成する原材料に代表されるコスト構成要素の市場価格の変動した場合は、サプライヤにおける購入価格の変動を顧客である自社(バイヤー企業)に転化するとのサプライヤ内での意志決定された結果です。当然、影響を受ける要素の割合によっても、意志決定内容は変わります。

ここまで、購入機会の都度、見積依頼~見積提出~見積内容理解・交渉~発注をおこなうケースを想定してきました。同一品の繰り返し購買では、都度このような対応はおこないません。そもそも交渉の必要がありません。しかし、同一品の繰り返し購買でも、購入に関係する要素で、購入価格に大きな影響をおよぼす要素になんからの変化が到来した場合は、情報入手と共に自社(バイヤー企業)で交渉準備を開始します。もっとも顕著な例は「値上げ対応」です。ある市況の変動によって値上げを受け入れた後は、その市況を継続的にウォッチして、値下げのタイミングを計ります。

(つづく)

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