楽しく「買う」ための思考法・仕事術(牧野直哉)

バイヤーが持つべき「買わない」という武器

エコカー減税や補助金の恩恵を受け自動車の販売が好調だ。昨年の今頃は、リーマンショックの影響で販売量の落ち込みが激しかったこともあるが、11月の販売台数は前年度対比で+36%となっている。しかし、景気先行きの不透明感もあり、この勢いも鈍化するとの見通しである。(ネタ元はこちら

自動車に関してもうひとつ気になる話題、若者が自動車を買わなくなったことだ。自動車のみならず、3Kと呼ばれる自動車(車)に、加えて家電、海外への感心が薄れ、お金を使わなくなっているのだ。高校時代にレコードからCDへの移行で、CDプレーヤーを買い、免許を取ったらアルバイトをして車を持ち、大学の卒業旅行には初の海外を経験した私などもう時代遅れも甚だしいということになる。

こうなった理由はさておき、ともかく「買わなく」なったのである。車、家電製品、海外旅行というサービスへお金の支払いをしないのだ。製品・サービスの提供側からすれば、買わなくなった相手に対して、あの手、この手を使い買わせよう、お金を使わせようとする。そういえば……少し頭をめぐらせただけで、売り手側の「初の試み」がこれだけあった。

 自動車ディーラーの営業マンから「今度、初めてお店でイベントをやるので来てくださいっ!」と電話を貰う

 過去に二回利用している海外留学斡旋会社より、ハロウィンパーティーの招待があり、今月はクリスマスパーティーが開催される

 通っている飲食店で、次回使える割引券の内容が増え、有効期間が延びた

 「値下げ宣言」をしている製品を段階的に増やしている店舗がある

こういった試みが消費者の購買意欲を刺激するかどうかは別にして、買わなくなったことで製品・サービスの提供側は、新しい施策を生み出している。買手にとって得られる付加価値が大きくなっている訳だ。そして牛丼280円に象徴されるデフレの同時進行は、買手が過去と比較して相対的に、これまでよりも支払う金額を少なくできる側面も持っている。こんな出来事から、買わなければならない使命を持つバイヤーにとって、実は「買わない」事が最大の武器になることに気づくのである。

しかし「買わない」のではバイヤーの責任は果たせないし、そもそもバイヤーとしての存在意義の否定になる。バイヤーと一般消費者では、購買動機の点がまったく異なる。バイヤーは買いたいという動機を持って買っているのではなく、社内の要求により、最終的には自社の顧客への供給責任を果たすために買う。バイヤーは買わなければならないのだ。実際に「買わない」事は、武器になるどころか、顧客を裏切り、事業運営に支障を来たすことに繋がる。

そこで「買わない」に、あるフレーズを加えてみる。

 過去に買ったサプライヤーからは「買わない」

 同じ製品は「買わない」

 同じ値段では「買わない」

世界中どこを探しても、欲しい製品・サービスを提供できるのは唯一この会社だけ、というものにこの考え方は適用できない。しかし、実際に買っているもので世界中を見渡して唯一無二のサプライヤーからの製品・サービスってどれほどあるのだろうか。今、買っている製品・サービスを、なぜそのサプライヤーから買っているのか、そのサプライヤーを選定した理由を、こんな時期だからこそ問い直し、確認し、何よりもバイヤーが理解する必要があるのである。

今安定調達できている製品・サービスのサプライヤーだから、あえてリスクを承知で新たなサプライヤーへ乗り換えることはできない。確かに正論だが、そう感じているバイヤーに申し上げたい。そんな状況ってバイヤーにとって一番楽な状況ではないですか、と。新規サプライヤーの採用に際して、社内の関連部門が抵抗勢力になることがあるが、 最大の抵抗勢力は実はバイヤーの心理ではないだろうか。今、特別に問題ないから、あえてサプライヤーを変更する必要は無い。そんな気持ちを正当化する理由を、社内に存在する抵抗勢力へ求めてはいないだろうか。バイヤーが適正な価格で安定的に製品やサービスを獲得するのは最低限の責務である。だからといって、現状の全てを是認して、新たな調達ソースの確保をやらなくていいことにはならないし、過去と同じサプライヤーから、同じ製品、同じ価格で買い続ける理由にはならないのである。バイヤーとは企業の一部門で、その企業を代表して調達・購買活動をおこなっているに過ぎない。何のために買うのか。最終的には顧客へ製品・サービスを提供するために買っているのだ。買ったものへ自社としての付加価値をつけて販売する。その一連の流れの中で、過去と同じサプライヤーから、同じ製品、同じ価格で買い続けることで得られる付加価値を考えてみて欲しいのだ。営業・販売部門が売れない時代に必死に試行錯誤をおこなっている今、バイヤーとしてなにをすべきか、である。

何をすべきか=サプライヤーに「買わない」と宣言して恫喝するということではない。もし「買わない」というからには、ほんとうに買わなくなる事態を想定し準備することが必要だ。確かに、バイヤーがサプライヤーに対して「買わない」と言うことは、勇気が いる。買わなければならないという責任を背負っている以上、「買わない」と宣言して、製品やサービスが確保できないとの事態は絶対に引き起こしてはならない。「買わない」というためには、過去と同じサプライヤーから、同じ製品、同じ価格で買い続けながらも、別の可能性を見出すアクションが必要となる。それは新規サプライヤーを探索し、供給可能性を測ることで、現行サプライヤーに対する代替候補を見出すことだ。代替サプライヤーを探索して、供給可能性を検討する初期段階であれば、関連部門の協力を仰ぐ必要はなく、バイヤー個人のアクションで十分だ。バイヤーとして実現可能性が見出せた暁に社内へ展開すればよい。そして社内でのコンセンサスが得られた段階で初めて既存のサプライヤーに対して「買わない」と宣言することが可能になる。そんなプロセスを経て尚、代替サプライヤーが見出せない場合は、現行サプライヤーから購入する妥当性が確立されたことになる。どのような結果が導かれたとしても、決してバイヤーにマイナスになることはない。

そして、「買わない」と宣言する場合、相手のサプライヤーには、代替先を探索したプロセスの説明をおこなう必要がある。少なくともこれまで安定して供給を継続してくれた恩義があるからだ。なぜ選ばれなかったのか、その理由には既存のサプライヤーの抱える問題点が満載であるはずだ。そこに耳を傾け、サプライヤー側に新たなアクションへつなげる活力が備わっているかどうか。そしてこの話にはさらに先がある。「買わない」と宣言したサプライヤーとの関係がどのように推移するかを注意深く見る必要がある。発注量を減らして、関係がすぐに切れてしまうのかどうか。買わないと宣言しても、将来的に購入を再開するという可能性までバイヤーの側からきってしまうことは無い。買うのをやめて尚、関係を継続するには、買わない理由を丁寧に説明し理解を求めるしかない。バイヤーが持つべき礼節を尽くし、関係の継続を行い、将来的な代替サプライヤーを確保すべきなのだ。

現在は明らかに 需要<供給 という、バイヤーには願ってもない状況である。将来的な材料費高騰へのリスク対応等も含め、この状況を積極的に活用すべきであると考える。それもバイヤーにとって身近なサプライヤー選定という部分でだ。今の市場での需要減退によるなかなか買えない状況を、あえて「買わない」として積極利用し、将来への布石を打ちたい。

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