インダストリー4.0で世界とサプライチェーンはどう変わるか(坂口孝則)

(当内容は2015年6月19日に実施した坂口孝則講演を文字起こしし、口調を文調に修正したものです)

・インダストリー4.0の本質は「物質の情報化」

1886年にダイムラーはガソリン自動車を発明した。そしてフォードは1914年に流れ作業による大量生産方式を生み出した。フォードは大量生産という革命によって、自動車を誰もが買える日用品へとあざやかに転換させた。そこから100年が経つ。製造業ではインダストリー4.0によってふたたび革命が起きようとしている。

ドイツが進めるインダストリー4.0は工場の自動化技術(FA)と、情報技術(IT)の融合を目指すものだ。そして工程を自動化したり、サプライチェーン上の企業間の結合を深めたりする狙いがある。企業活動全体がバリューチェーンという観点から編み直され、生産はその一部分として全体に同期していく。かつての生産改革は生産分野に閉じていたのにたいして、インダストリー4.0ではサプライチェーン全体が変容していく。

もちろん、インダストリー4.0からドイツの窮状を読み解く向きもある。JETROの「投資コスト比較」データ最新版によると、製造業のワーカー(一般工職)クラス月給は、ドイツの主要都市デュッセルドルフで4,702ドル、イエナで3,323ドルとなっている。この賃金レベルは、中国の大連(393ドル)や広州(462ドル)とくらべて高いのは当然として、日本の東京(2,523ドル)や大阪(2,701ドル)とくらべても、あるいは米国のシカゴ(2,886ドル)やサンフランシスコ(3,370ドル)とくらべても同等以上にある。インダストリー4.0の背後には、ドイツ製造業のサプライチェーン死守と労働力確保があるのは間違いない。

しかし、それがどういった状況から生まれたコンセプトであれ、方向性としては正しい。インダストリー4.0を一言で表現するならば、それは「物質の情報化」にほかならない。もっといえばサプライチェーン全体の情報化である。ここに本質がある。

インダストリー4.0ではCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)、SCM(サプライチェーンマネジメント)、PLM(プロダクトライフサイクルマネジメント)、PLC(生産シーケンス)などのシステムやデータを統一化するものだ。そこでは製造業におけるモノは徹底的に情報として扱われる。

かねてから理想的なサプライチェーンとは、小売店の棚からお客がシャンプーを一つ手に取れば、工場からシャンプーが運ばれてくる、といったものだった。インダストリー4.0では、それをさらに拡張し、それぞれの商品と、サプライヤの原材料までのデータを関連付ける。

お客が棚から商品を手に取ると、工場に情報が飛び、さらにサプライヤへの原材料発注につながる。納入される原材料は物質でありながらデータ情報が付与される。原材料は「XX顧客向け商品YY用として加工されるために、工程ZZと工程WWに向かう」と意味をもつ<物質>となる。データが付与された原材料は、機器や他材料とコミュニケーションを図り、誤った工程に闖入すれば方向修正するし、また他の材料が不足していれば、機器に知らせることもできるだろう。客先に納品されたあとも、データでの追跡も容易となる。

これは機器間もおなじだ。機器単体としての機能を高める時代はおわり、センサー技術とネットワークを通じて、機器間のコミュニケーションが図られる。それによって、人間と機械の操作・被操作関係は薄らぎ、機器同士の自律的な生産調整が可能になっていく。

サプライチェーンは、世界のどこから材料を買ったのかわかるようになる。そして、工場の組み立てコストのみならず、サプライチェーン全体の物流コスト、そしてリードタイムなどから、どの製品をどこで最適生産できるか模索できるだろう。

もはや生産工程は情報加工と等価となる。

・スマホ工場がつくりあげるマスカスタマイゼーション商品

工場がモノという名の情報を扱うようになったとき、その機能はスマートフォンと酷似する。スマートフォンでは、カメラで撮影した画像を、写真ソフトで加工し、GPS機能でチェックインしたうえで、SNSを通じて世界中に公開していく。それぞれのアプリケーションは等価にならび、個人の発信情報が創りだされる。スマートフォンがYouTubeならぬYouMediaの発信基地だとしたら、インダストリー4.0における生産ラインはYouMakerと呼ぶにふさわしい柔軟性を有している。指示を出したらすぐに動きはじめ、それぞれの生産工程はすぐさま入れ替わり結合し生産を開始する。

実際にドイツの機器メーカーは、各社間の連結性を高め、生産ラインをしなやかに連携できる概念で開発を進めている。具体的には機器間のコンベアベルトを合体しやすくしたり、生産スピードの同期化を図ったりするものだ。段取り替え時間を0秒にするまで進化は続いていくだろう。

もちろんそれに追従するために、作業者もおなじサイクルのなかで改善せねばならない。生産現場を撮影し、作業者の動線を分析したり、作業の効率性を分析したりする。その効率性を高めることで、生産ラインの不稼働時間を削減できる。結果、工程の柔軟性は高まる。

これまで、生産ラインは、壮大な仕様を描いたのちに、大掛かりな導入工事が不可欠だった。しかし、生産品目自体がすぐに陳腐化する現状にあっては、そのような重厚長大な生産ラインは、やや現実にそぐわない。

これがさらに進化していけば、生産情報を受信した機器類は、工場のなかを自発的に動きまわり、前工程機器と後工程機器を見つけ、物理的につながろうとするだろう。機器間の情報連結が、そのままあざやかに物体間の連結にも行き着こうとしている。

この「物質の情報化」なる動きが機器間のコミュニケーションに広がることによって、マスカスタマイゼーションが可能となる。これは訳すと個別大量生産であり、お客からのオーダーメイド品を、低コストで実現していくものだ。有名なところではナイキが、あるいはハーレーダビッドソンやフォードが、ウェブサイトから個々の消費者が好みで「自分だけの一品」を注文できる。

・サプライチェーンにおけるサプライヤ連携の変化

インダストリー4.0の世界では、サプライチェーンにおけるサプライヤとの連携にも変化が起きる。たとえば製造業では生産計画を内示という形で提示されるものの、サプライヤはその情報を信じて生産計画を立ててしまうと、数量が落ち込んだときにリスクとなる。また想定以上の数量に膨らんだときには逆に生産できないケースもある。

そのような場合、上流のデータを共有できれば、早期段階から鮮度の高い受注予測が可能となるだろう。情報セキュリティの問題は残るものの、発注元企業はユーザー企業のメンテナンス日程などを把握していることが多い。それら情報が一元的に伝達できれば、遅延ない生産が可能となる。

さらに、顧客情報データと、使用部品のサプライヤデータ、生産システムが統合できれば、市場不具合が生じた際にはただちに該当製品と該当サプライヤを見つけられるだろう。昨今の食品偽装問題を見ると、サプライヤや製造時期をなかなか明確化できないケースが目立つ。迅速な問題点発見は、解決の短期化につながるだけではなく、市場に安心をもたらし、企業イメージの維持に寄与する。

また、積極的な意味においても大きな変化がある。このところ、「一兆のセンサー」を意味する「Trillion Sensors」が話題だ。文字通り、多くのセンサーがあらゆるものに付き、データを吐き出しつづける。これがサプライヤの設備類につけば、サプライヤの稼働状況が把握できるようになる。

こうなると、自社生産にかかわるサプライヤのみならず、未知のサプライヤ設備も情報と化すようになる。現在は検索エンジンで未知の単語を調べるように、将来的には、設備検索エンジンで世界中に点在する設備の地理情報と稼働状況を調べるようになるだろう。

たとえば600トンのプレス加工が必要だとする。既存サプライヤでは、どう設備や加工順を入れ替えても生産能力が不足しているとしよう。あるいは、安価なサプライヤを探したいといった場合でもいい。そのときロット条件と希望生産時期を入力すれば、ただちに委託可能なサプライヤマップが表示される。

この情報を公開したほうがサプライヤにとっても稼働率向上のために有効だし、委託側も生産をとめないメリットがある。また、それは巨大製造業者間だけのやりとりにはとどまらない。中小サプライヤが工場情報をオープンにすることで新たなビジネスチャンスをつかむきっかけになるかもしれない。また、個人のモノづくりにおいて工場設備を使う機会にもなる。パソコンの検索によって、個人でもサプライチェーンを構築できる。

これは、APIのリアル化ともいえるだろう。APIとはプログラムをサーバーから呼び出して利用するものだが、新たな時代では大手のサプライチェーンに相乗りし、その隙間を利用することで、大手企業だけではなく個人もマスカスタマイゼーションが可能となる。サプライヤは情報を公開し、その情報はデジタルを通じ、設備というリアルが活用される。

これも「物質の情報化」において生じる。サプライヤはモノを供給するひとたちの意味だが、「情報共有者」あるいは「コンテンツプロバイダー」といったほうがふさわしい。

・インダストリー4.0の意義と実現に際して

ところで、これまでにあげた、システムやデータの統一、マスカスタマイゼーション、そしてサプライヤとの連携強化のどれをとっても、一般の感覚からするとわかりづらい側面がある。理解できないのではなく、新たな概念とも思えないからだ。

というのも、工場のあらゆるところでデータが取られているのは当たり前の気がするし、いまでもERP(統合基幹業務システム)などの広がりによって、すでに工場の情報化が進んでいるようにも思えるからだ。

ただ、ごくかぎられた一部の例外を除いて、高いレベルの管理は行われていない。たとえば、機器の状況をいまだに紙で管理している工場は多い。さらには、一定時間しか生産をしていないのに機器類の電源を始業時から終業時までつけっぱなしにしている工場もある。ERPが導入されているといっても、部品類はおおまかなロットで管理され、生産タイミングも時間帯でしか記録されない。また、どの作業者が作業したかも、タイムカードで別管理され、その紐付けも、問題が起きたあとにかなり人的分析によるところが大きい。

また、オーダーメイド品はいつの時代にも生産されてきたものの、それを大量生産する概念はなく、つねに高コストと段取り替え時間に悩まされてきた。生産設備の自律化を促すこともなかった。機器間をつなげるアイディアは突然でてきたものではなく、たしかに80年代にはCIM(Computer Integrated Manufacturing)というほぼ近似の概念があった。

しかし、やはりインダストリー4.0との違いは、その環境にある。かつてはネットワーク機器もセンサー類も計算機器も高価で、技術も確立していなかった。現在はスマートフォンで個人が世界とつながっているいっぽうで、当時は電話で仕事をしていた時代だった。

くわえて、サプライヤ連携においては、APS(Advanced Planning and Scheduling)といって細かな品目スケジュールを伝達する方法が考案されていた。しかし、実際には、発注元企業が一方的にサプライヤへ情報を投げるだけで、かつその日程には特有の余裕しろを含むのが当然だった。また、毎日のように変化していく動的なデータを共有できていたかといえば、人的行為に依存する以上は難しかった。

また、本来はサプライヤの稼働状況を確認することで双方の調整が基本となっているものの、無理な納期設定とわかってもけっきょくはサプライヤ側へお願いする場合が大半だった。それらの意味でも、インダストリー4.0が実現しようとしている姿は、モノを情報化し等価にするだけではなく、サプライヤと発注元の関係もフラット化することで成立する。

さらに3Dプリンターが広がれば、サプライチェーンでモノの移動が激減していく。サプライヤは製品仕様を固めるものの、製品は生産しない。データを発注元に送付するだけで、発注企業の工場倉庫で巨大な3Dプリンターが製品を形作っていく。このようなデータ・サプライチェーンの世界においては、発注元とサプライヤの関係性や役割も変わっていく。

これまでサプライチェーンでは、CMI(Customer Managed Inventory)からVMI(Vendor Managed Inventory)への移行が進んできた。CMIは文字どおり顧客が管理する在庫。それにたいしてVMIは、納入先工場周辺にサプライヤ倉庫を用意し、その倉庫から工場までJIT納入してもらうものだ。ヒエラルキーの頂点に立つ発注元が、サプライヤに、コスト負担をお願いするものだった。くわえて、VMIあるいはJIT(Just in Time)対応ができない中小サプライヤの活躍範囲はおのずと限られた。

しかしサプライヤが製品の品質保証(図面上の品質保証)や機能保証のみを行い、顧客先の3Dプリンターが生産するとすれば、情報販売業と化したサプライヤは活躍の場を広げていく。「必要なときに必要な数量を納入してもらうJIT」から「必要なときに必要な数量を生産するJIT」に移行してく。とすれば、CMIへの回帰といってもいいし、CMI2.0ともいうべき変化となるだろう。

インダストリー4.0を「物質の情報化」と読み替えたとき、サプライチェーンのシステム、生産、サプライヤとの関係、そして在庫のあり方まで、すべてを変容させていく可能性がそこにある。

<了>

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