ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・今日の100円と、明日の100円

「不器用な人ほど成功する」

これはレトリックではない。必然だ。

かつて私は、調達・購買で優れた人たちのほとんどが「不器用だった」と述べたことがある。それは、通常の優等生であれば何の疑問も持たずに受け入れてしまう慣例や商習慣について深い疑問をもち、当然とされていたことについても一つひとつ自ら実証を重ねなければならないというやっかいな性格をもっていたからだ。

宿痾ともいうべきその性質を持ってしまった人たちは、残念ながら人のいうことを素直に聞くことはできず、その言説の細かな内容を検証しようとする。また、調達・購買の本を読んでも「なぜ量をまとめると安くなるのか」と疑問を持ち、「なぜサプライヤーを競合させねばならないのか」と疑問を持ち、一節一節の「常識」についてすぐに読み進めることができないだろう。そして、その人たちが「優れた人たち」に変容するというのは、その過程の密度により必然のことだったのである。

前回説明した内容は、同じ100円という金額であっても、それは時の「流れのなか」で意味を変容させるということだった。今日の100円と将来の100円は等価ではない。将来の100円は今日の100円に比べて相対的に価値が低く、将来の100円は利率によって割り引くべきものだった。前回の例では、利率を年20%と仮定した。その場合は、1年後の100円は100円÷1.2=83.33円と計算できる。すなわち、1年後の100円は、現在の価値に置き換えると83.33円しかないということになる。

ややヘンな例であるものの、顔のシワが年間20%ずつ増えていく人を想像してほしい。その人は、顔のシワが20%ずつ増える世界に生きている。その人の顔は、4年後にはまったく違ったものに見えるかもしれないが、その20%で割り引いていけば、現在価値ならぬ現在顔はもとの顔に戻るのである。まったく違うように見えるものも、シワ増加係数(というものがあるのか知らないが)の計算によって、等価に帰す。

さきほどまで年利で計算してみたものの、それは月利でも同じことがおきる。そして、このことは調達・購買においてさまざまなヒントをくれる。

・利率の考えが、調達・購買をどう変えるか

たとえば、調達・購買の本では「支払い条件の変更も考慮してコスト低減を目指しなさい」と読んだことがある。このときの違和感は忘れられない。たとえば、納入後+4ヶ月後に支払うべきものをすぐ現金で支払う。これがコスト低減になるというのだった。
もちろん、資金繰りに窮しているサプライヤーであればそれは陥穽に落ちない救いの手となるだろう。しかし、大半の企業は継続的な受注があるものだし救済策としての早期支払いは、数ヶ月しか効かない。それに、その数ヶ月の支払い程度すら「救い」になるサプライヤーであれば、それはそもそも別の対策を考えねばならない。

それに加えて、本質的な意味で「コスト低減」になるということがどうしても腑に落ちなかったのである。それが私の違和感の源泉となっていた。

たとえば、通常の支払い条件で50万円の見積もりがあなたの元に届いたとしよう。あなたの会社の支払い条件とは、月末締めの翌月手形払い、そしてその3ヵ月後に手形が現金化できる、というものだ。ここで、あなたが調達・購買本を読み、支払い条件の変更によるコスト低減を試みる。

新たな条件は、月末締めの翌月現金払いだ。これをあなたはサプライヤーに提示する。コスト低減を考慮したサプライヤーは、あなたに49万5千円の見積もりを再提示することになった。単純に考えれば、50万円だったものが49万5千円になるわけだから、差額5千円のコスト低減ということになる。お金というものの時空を移動させただけで、あなたは何の苦労もせずにコストを下げることに成功したというわけである。

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しかしこれも、年利、そこから派生した月利の考えを適用するとどうなるだろうか。
話はそれほど簡単ではなくなる。

さきほど、「時空を移動させた」という表現を使った。とすれば、時空の移動によって「失ってしまった何か」もあるはずである。表面からは見えない隠然とした何か。それはいったい何なのか。ここまで読んでいただいた方はわかるだろうが、このコスト低減の計算にすっぽりと抜け落ちているのは、「今日の100円と将来の100円は等価ではない」という利率のことだ。将来支払う50万円は、今支払う50万円と等価ではない。そこに評価を持ち込むには、利率という計算後でなければいけない。

ここで計算をしてみよう。自社利率を5%と置く。これは、自社が資金を借り入れるときの利率だ。本来ならば、これは自己資本と他人資本の比率から加重平均で求めるもので、WACC等を使用せねばならない。ただ、利率が5%ということは、100万円を借りると105万円にして銀行と投資家に返済しなければいけないことで、さほど現実と乖離があるわけではないため、ここではこの数値を使いたい。

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ここでは、5%を単純に月利に変換することにする。結果は、
5%÷12ヶ月=0.42%/月
となる。
なお、興味のある人は累乗でどのように利率が変化するか計算してみよう。これも結果は、105%^(1/12)=0.41%/月
105%^(1/365)=0.013%/日
となる。ただし、累乗と単純月利についての説明は理解できなくても支障がないためとばしていただいてかまわない。

・資本コスト=WACCという単語

横道には逸れるものの、ここで、ちょっとだけWACCについて説明しておく。

調達・購買関係者はお金に関わる仕事を実施しながら、なかなかお金の発生源について知らないことが多い。WACCとは資本コストのことである(加重平均資本コスト)。資本コストとは、名の通り、市場から資本を借り入れるときに発生するコストのことである。たとえば、100万円を株主から50万円、銀行から50万円借りているとしたら、「株主の期待リターン率」と、「銀行利率」に実効税率をかけたものを足して二で割ればWACCとなる。二で割ったのは加重平均で考えたときに、50万円、50万円の同額だからである。

ただ、「銀行利率」に実効税率をかけることについては説明が必要だろう。それは、銀行借入については、実効税率分の負担が軽減するからだ。利子を支払った分は費用として認められるから、その分税金が安くなる。だから、実質上は節税と同じことであり、コストが軽くなるからだ。

その一方で、株主に返還するリターンの分は、節税効果が働かない。だから、その分はまるまるコストとして積みあがることになる。ここでさらに横道に逸れるならば、このコスト負担の違いこそが、昨今の企業が自社株買いをしている理由になっている。銀行利率は実質上の節税効果が効くわけなので、企業としては同じ資本を借りることができるのであれば、株主ではなく銀行からのほうがいい。

銀行からの借金は悪いイメージがあるものの、この節税効果までを考慮すれば、銀行からの借金のほうが企業にあたえるコスト量は軽減できるのである。だから、企業は「株主優先主義」を掲げながら、一方では自社株買いにより、実質コスト負担を軽くしている。

これまで、ROE(株主資本に対する利益率)ばかりが重視されてきた。しかし、銀行借り入れと株主資本の両方を分母として利益率を見るROAが再度脚光を浴びていることは、ある意味健全といえる。それは、ROEは株主しか見ないが、ROAは銀行分も考慮するからだ。しかも、銀行分は実質コストを下げる。これが、私がROAを重視する理由でもある。

なお、中小企業等の条件によって異なるものの、実効税率は40%を使うことを覚えておくといい。

・コスト低減はほんとうか?

さて話は戻る。

さきほどの最初の計算結果である、0.42%/月を利用する。ここで、サプライヤーへの支払い条件の変更による利率差は3ヶ月分だ。ということは、その3ヶ月の利率は割り引くことによって評価せねばならない。すると、4ヵ月後に支払うことになっていた50万円では、その利率を考慮し計算すると50万円÷(1+0.42%×3ヶ月)=49万3千円となる。

これは、4ヵ月後に50万円でも、翌月(1ヵ月後)に支払うというとき、それは49万3千円の価値ということになる。すなわち、翌月に支払うという好条件をつけるということは、当然49万3千円程度にしてしかるべきということだ。なぜなら、その49万3千円をあなたが支払うことで、あなたの会社はそのお金を運用する機会を失う。本来であれば、その49万3千円を月利0.42%で増やせる、増やさねばならないところを、サプライヤーに還元してしまうからだ。

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そこで、あなたは再度見積もりを見ることになる。相手から届いた見積もりは、49万5千円というものであった。しかし、利率を計算してみると、その金額は49万3千円にしてしかるべきものだった。果たしてこれは真のコスト低減といえるだろうか。支払い条件を変更し、相手からコスト低減を引き出す、という手法はこちらの利率までを考えると、はたして有効な手法といえるだろうか。

コストが下がるとき、そこには皮相的ではない理屈・理由が内在している。価格とは曖昧なものだから、なかなかその裏側に潜むロジックまでを解剖しようとする人は少ない。だから、これまでコストを下げる手法は、精神的なものだったり、脅すものだったり、理論なきまとめ交渉だったりに収斂してきた。

しかし、何かの価格が下がるとき、あるいは何かの価格が上がるとき、そこにはある秘密が存在している。それが、たとえ語られないことであっても。私たちはその秘密を抉ることによって、新たな世界を再発見していくのである。

そして、その秘密を抉ることは、愉しい。新たな知識の獲得とは、その一点で確保されるのである。

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