今、バイヤーに必要なこと(牧野直哉)

突然だが、「あいさつ」に1億円の経済効果があることをご存じだろうか。1億円である。

ある調査によると、新人の印象の6割は「あいさつができるか」にかかっているという。初対面の相手であっても、あいさつの有無によって、その後の取引の成否は3割ほどが影響されるのだとも。また、取引において、「優れた関係を構築している相手とのコミュニケーションは、そうではない取引先と比べて時間が平均3割も削減できる」という。

相手にあいさつをして良好な関係を築く。そして、その関係を維持する。それだけで1億円の経済効果がもたらされる。これはレトリックかもしれない。しかし、簡単な計算をしてみよう。バイヤーが1日に費やす交渉時間を4時間としよう。240分だ。それを3割削減するとすると、1日に72分であり、1年200日では240時間もの差が生まれる。バイヤーのコストが時給換算で4000円だとすると、一人100万円だ。もしこのようなバイヤーが100人いるとすると、1億円になる。

すなわち、「あいさつをしなさい」という説教は精神主義からもたらされるものではなく、きわめて「経済合理的なもの」だったのである。

今回の内容は、2007年に10回シリーズでブログに書いた内容をベースにしている。当時は「新人バイヤーへの提言」という題名であったが、一部加筆、修正して「今、バイヤーに必要なこと」として、この増刊号に掲載することにした。新人バイヤーへのメッセージを、全バイヤーを対象とした理由は次の三点である。

1. 新人バイヤーにとって大事なことは、ベテランになっても、マネージャーでも部長でも誰にでも変わることなく重要であること

2. ベテランほど基本ができていない場合のマイナスのインパクトが大きくなり、ベテランほど基本を再認識する必要性が高いこと

3. 日々新たな気持ちで仕事に立ち向かう為には、初心を忘れないことが何よりの薬であること

特に、言葉では「若い人へ期待する」なんて言いながら、実際の行動の中で足を引っ張りかねない中堅~ベテランバイヤーの皆さんに読んで欲しい。「今の若い人は~」なんて言っている人には、自分を振り返る一手段として読んでいただきたい。中堅、ベテランともなれば、もう自分の事だけを考えればよい立場ではない。自分の仕事の半分は後継者の育成と思うべきなのだ。若い人が頑張るときに何が必要なのか。自分はどういったサポートできるのか。「最近の若い人は~」と言いたくなる若手を作っている半分の責任は自分にある、そんなことを頭の片隅に置きながらお読みいただければ、何にも増して私の喜びである。


そして、この有料マガジンをお申し込みいただいた際にも「読み方」として、書かせていただいたが、何か一つでも是非実践していただきたい。個人の生活を変えるには、一人一人の日々のちょっとずつの変化の積み重ねでしか変えられない。しかしこの「今、バイヤーに必要なこと」では、ささいな変化でかなり大きなリターンが期待できる事ばかりを書いている。必ず、皆さん一人一人が明る く、面白おかしい未来を迎える為の第一歩になるはずである。

(1) バイヤーは何をするのか

バイヤーの仕事とは何か。名の通り、モノを買うのが仕事……これは間違っている。特にメーカーに勤務している産業購買系のバイヤーは「違う」と断言できる。では、バイヤーは何をするのか。

バイヤーに限らずとも、心に留めなければならないのが「どうやって付加価値を生み出すか」である。付加価値とは必ずしも直接的な数値でのアウトプットばかりではない。そして、どうやって付加価値を生み出すかの前に、いったい何が付加価値なのかを一生懸命に考えることが重要なのである。バイヤーとしての付加価値は何かを日々追い求めてゆく事が、我々にとって大きな使命となるのである。断言するが、どんな仕事にも創意工夫で生まれる付加価値は存在する。例えばこんなケースだ。

新入社員に課せられる役目として、サプライヤーの名前を覚えなさい、なんて枕詞と共に、電話を最初に取ることを指示される。電話番、電話の取り次ぎである。電話の取り次ぎで付加価値?!と思うかもしれない。まず、電話をかけて頂いた相手を一生懸命に思いやって対応するべきである。「新入社員基礎講座2008」という経営書院より発行されている新入社員向けのノウハウ本には、こんな風に電話対応の模範例が示されている。

① 電話は自分でかける(かける側が下手です)
② 電話にも適切に挨拶言葉(お早うございます)
③ 電話では必ず適切に相づちを入れる(ハイ!・ハイ!)
④ 電話はゆっくり切る(ガッチャン切りは相手に不快感)
⑤ 電話の前にメモをする(話しが手際よくなる)
⑥ 電話の音階はドレミの「ミ」(発声がハッキリ、明るい)
⑦ まず名乗り、「ただいま、よろしいでしょうか」(心配リが美しい)
⑧ 相手不在のときも、必ず名乗る(相手に安心感)
⑨ 受けた電話は復唱する(趣旨が正しく伝わる)
⑩ 代理電話もメモをする(メモして本人に正確に)
(新入社員基礎講座2008 経営書院より引用)

上記の例は、あくまでも一般的なものである。重要なのは、新入社員であるから、自分が担当していないから仕事の中身には立ち入れないと思わないことだ。実際に電話を取り次ぐわけだから、立派な当事者となるわけで、かかわった分だけ責任が発生する。故に、もらっている給与に見合う電話応対を実行しなければならないのだ。例えば一刻を争う電話を受けたとする。相手の口調からただならぬ気配を感じて、別の上位者へ繋ぎ、事なきを得ることも可能なわけだ。相手の口調から何かを感じ取ることが、すなわち「付加価値」にならないだろうか。別に重要な緊急の用件でなくても、相手に心地よい対応を心がけること、相手を悪い気分をさせないことが付加価値になるので ある。電話応対は最初の一歩である。電話対応すらまともにできない人間に大きなプロジェクトを任せるだろうか。会社にいる時間のあらゆる場面で、自分はどう付加価値を生み出し、事業への貢献をすべきか、ということを考え続けること、ただ会社へ来るから給料が支払われている訳では無いこと、この二つから考えても、電話応対は全力を持って対応すべきなのである。


こんな事を考え、実践したところで直ぐには成果がでるとは限らない。しかし、これから仕事をしていく中で「付加価値を生む」にはどうしたら良いかを考えているかどうか。考えていることを習慣としているかどうかで、自分自身の仕事への姿勢が大きく変わってくるに気づくはずだ。これまでだったら気づかなかった何かからヒントを得ることもある。「たかが電話応対」と思ってしまう怖さは、仕事のすべてに「たかが」をつけることが簡単に なってしまうことにある。「たかが」と思 えることでも一生懸命に価値を見出す努力を真摯に謙虚にしてみるべきである。これは絶対に価値ある行動であり、会社で起こっていることに無駄なことなど何もない事を、あらためて認識するきっかけにもなるはずなのだ。

(2) 自分からあいさつする

社会人になって経験する会社生活では、いろいろな困難に遭遇する。私はバイヤーをやる前に、営業関係のセクションを二つ経験している。バイヤーとなった後も何度か組織の変更があったり、会社を変わったりという経験もした。一番大きな変化は、形式的には営業から資材へ異動になった事だ。まったく逆の立場になったわけで、周囲からは「バイヤーの方が良いでしょう?」とよく言われた。しかしそんなことはない。バイヤーは楽で、営業は大変……そんな単純な話ではない。(私は実際逆だと確信を持って言えるが、それは又後日)

楽しく面白かしく仕事ができていたと実感する瞬間は、その時の仕事内容だけ決まるものではない。その時、その瞬間、自分の周囲にいた人と、どのように人間関係を構築していたかに大きく作用される。言うなれば、人間関係が良かったときは、仕事も面白おかしくできていたということだ。

どんな会社でも、籍を置く限り、どこのセクションにいても最終的な目標は同じである。自分たちが創造した付加価値をお客様に提供し、お客様からの満足を得て、相応の対価を頂くのが最終的な目標である。その付加価値がモノかサービスか、製品ならどんな製品かに違いはあっても、根っこの部分は変わらない普遍的なものだと考えている。
ところが・・・・・・残念なことに、これまたどんな会社でも、社内の軋轢、同じセクションでのギクシャクさが存在してしまう。極論すればバイヤーの場合、社外との交渉や調整の方が気楽な事すらある。本来であれば目指すべきモノが一緒なはずの同僚達が厄介な存在になってしまうのだ。これは絶対に避けなければならない事態だ。なぜなら、同僚とは本来協力しなければならない相手だからである。

そんな由々しき事態を避けるための第一歩が、人間関係の潤滑油としてのあいさつである。別に体育会のノリで、大声であいさつする必要は無い。笑顔で次の 三つのあいさつをするだけでいいのだ。

1) おはようございます(こんにちは、こんばんは)

2) ありがとう

3) お先に失礼します

特に朝の「おはようございます」は、何にも増して重要であり、あいさつする本人と周囲に与える影響は大きい。あいさつをしても無視して反応しない人 、睡眠時間が足りない若者は、この世の不幸を一身に背負ったかの如く機嫌の悪そうな顔、そんな日もあるだろう。そんな時、年少者の方が年長者へ先にあいさつをする(これは礼儀としては非常に重要)なんて既成概念に囚われるよりも、年齢に関係なく先にあいさつをす れば、自分自身がすがすがしくなるという付加価値を得られる。生まれたばかりの赤ちゃんに、年少者と言って先にあいさつを強要する人はいないはずだ。そもそも日常のあいさつの順番なんてことを、あっちこっちで気にして、相手に求めるからおかしくなる。あいさつは自分からするもの、と割り切るべきなのだ。そしてさらに自分から挨拶することで、得られるメリットがある。具体的には次の 三つだ。

① ポジティブなコミュニケーションの一歩
これはバイヤーに限らず、社会人でも学生でも子どもでもポジティブであることのメリットは大きい。そのポジティブさを朝一番のあいさつで示すことは、その日一日を前向きに過ごす源泉となる。一年の計は元旦にありと言われるが、一日の計は朝にありと思って、自分からのあいさつ活用すべきである。別のテーマでも述べるが、能動的であることが受動的な側面にも大きな効果を及ぼすからだ。(これは次号以降、情報収集の方法を御参照ください)

② 自分の存在のアピール
「あれ、今日そういえば、アイツ会社に来ている?」なんて言われていないだろうか。毎日会った人には明るくあいさつをして、自分の存在を相手に認識してもらう。何百回、何千回とあいさつをしたおかげで「後でちょっと時間取れるか?」なんて、思いも寄らない人から言われることだってある。朝のあいさつが、大きなチャンスをつかむきっかけを与える可能性を秘めているのだ。

③ 自分を褒めるネタ
明るくあいさつをし、すがすがしさを感じながら「朝、眠い目をこすりながらも今日会社へ、学校へやってきました!ほら、遅刻もしていないし偉いでしょう」と心の中でつぶやいて自分を褒める。朝起きて会社にくるのが当たり前と考えるよりも、今日も出勤できたこと、会った人へ挨拶できた事に感謝して喜べる人生の方が豊かだとは思えないだろうか。

仕事の基本とは、実は子どもの頃に、人として初めて教わることでもある。

Ⅰ あいさつをしっかりやりましょう

Ⅱ 相手に思いやりを持ちましょう。

Ⅲ 悪いことをしたら、謝りましょう。

この三点が、会社の中でしっかり実践されれば、世の中優良企業のオンパレードになるはずだ。優良企業と言われている会社は、必ず従業員の皆さんが来訪者へあいさつをしている。「 おはようございます」の一言が、良い会社への第一歩なのであるのと同時に、朝のあいさつも皆さん一人一人の一日を形作る確かな第一歩になるはずである。特に準備も入らないし、何か材料が必要なわけでもない。一般的にリターンが一番大きいと言われる自己投資以上に、なんら原資を必要としない「あいさつ」はリターンが大きいはずだ。これをやらない手はないと思うがいかがだろうか。

私は冒頭で、あいさつとは精神主義的なものではなく、きわめて経済合理的なものだといった。あいさつとは1億円をもたらす習慣でもある。バイヤーはいつだって「いくら下がったか」という部材のコスト低減にしか目がいかない。しかし、自分のコストまでも考えるのが、ほんとうのバイヤーではないだろうか。

バイヤーとは、日々のささやかな行為からコストの「非効率さ」を見つけ、自ら改善していく勇気を持った人のことである。

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい