ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・お金がお金を生む世界

今回のテーマは、「なぜ調達・購買部門は、毎年コストを下げなければいけないか」だ。毎年コストを下げるのは当たり前、と思っていた。先輩からそう教わったからだ。でも、なんで調達・購買部門というところは、価格を下げなければいけないのだろうか? その答えをちゃんと教えてくれる人はなかなかいなかった。

話はちょっとだけ違うところから始まる。

「年収数億円の証券ディーラーたちの稼いだ1万円よりも、ひたいに汗を流して稼いだ1万円のほうが尊い」というとき、その発言者は証券ディーラーたちに職業差別をしていることに気付いているだろうか。

今回は、製造業と金融業が、実は根っこのところでつながっているという話をする。そして、その事実を知ることは、あなたの仕事の常識にメスを入れ、これまでとは全く違った世界を提示することでもある。

「お金がお金を生むような虚業は、早く無くなったほうがいい」
サブプライムローンが崩壊し、世界同時不況が到来したとき、金融業を批判してこのような攻撃が始まった。ファイナンス理論から派生したCDS、あるいは住宅ローンの無理な貸し付け……。それらがアメリカ型資本主義の行き詰まりの象徴だというのだ。しかし、私はこのような批判に一貫して違和感を抱いてきた。日本という国では、製造業というもののみが「実態のある素晴らしい」ものとされ、金融業はときとして汚れ仕事のようなものとされてきた。本当に職業差別をなくすべきであるならば、金融業にたいするこのような差別的発言はなくすべきだと、私は考える。それは、単なる倫理観からではない。なぜならば、製造業も金融業も、実は「お金でお金を生む」という点では似通っているからだ。

・日本にある100万台のガチャガチャ

こう考えてみてほしい。日本には100万台ほどの「ガチャガチャ」があると。「ガチャガチャ」とは100円玉を入れる、あれのことだ。「カプセルトイ」とも呼ばれる小型自動販売機で、100円を入れれば、カプセル型のおもちゃが出てくる。その100万台のガチャガチャとは、すなわち日本にある企業群のことだ。企業をガチャガチャにたとえたのは、それが投資とリターンという世界の構造を象徴していたからだ。

投資家は100円を入れる。すると、おもちゃが1年後にもらえるという奇妙なガチャガチャである。もしかすると、それは101円かもしれないし、110円かもしれない。投資家はそのガチャガチャの過去の実績を見たり、将来の予想を立てたりしてどのガチャガチャに100円を入れるかを決めるのだ。もし1年後に期待していたほどの金額が返ってこなければ、投資家は次のガチャガチャを探すだろう。そして期待通りの金額を返すことのできないガチャガチャは市場から退場いただくしかなくなる。

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ガチャガチャとは企業のことだといった。投資家が100円を入れるところから見てみよう。投資家が100円を入れ、それを元に企業は60円で何かを調達し、20円で労働者を使って組み立て、お客に110円で販売する。すると20円が利益となる。これを投資家にリターンとしてバックする。すると、投資家にとってみれば100円の投下に対して20円が戻ってきたわけだから、利回りは20%ということになる。最近の言葉でいえば、ROA(総資産利益率・総資本利益率)が20%ということだ。 しかし、全額を投資家にバックする企業は少ない。内部留保としてその20円を「取っておく」ことが多い。すると、この企業が翌年も同じことをするとどうなるだろうか。

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総資本は100円から120円に増えている。だから、同じことをしていれば、ROAは16.67%と悪化してしまうのである。つまり、日本じゅうにあふれるガチャガチャのなかでの相対的な魅力を失ってしまう。この構図が繰り返されれば、ROAは下がり続ける。そして、投資家はその企業からお金を引き上げていく。

もう一度見てみよう。 

1. 100円を投資してもらって、ビジネスで20円を儲ける
2. その20円を内部留保し、同じビジネスを続ける
3. 結果、ROAが低下する 

ここで、注目すべきは。1.と2.のあいだである。すなわち、20円を企業内部に留保するということは、企業が「投資家の20円の運用機会を剥奪する」ということを意味している。もし、その20円を投資家に返せば、その分投資家は国債でも銀行預金でも、その20円を少しでも増やす機会があったはずだ。ということは、20円を返さない、ということは「その企業が20円を活用したほうが、投資家の他の手段よりも、より多くのリターンを保障しますよ」といっていることになる。だから、企業は増えたその20円を無駄にすることなく、十分活用していかねばならないのである。

しかし、だ。いつ資金がショートするかわからないので、内部留保はしたい。でも、売上をあげるといっても昨今の経済状況では難しい。そのうえで、ROAは確保せねばならない。と企業が思ったらどうすればよいだろうか。そこまできて調達・購買の必然性が浮かび上がってくる。

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調達・購買が、外部からの調達品を値下げすることができたとする。この例では、60円だった調達品を56円にした場合だ。すると、売価が変わらないとすれば、利益は24円に拡大し、ROAは無事に20%に戻ることができた。

では翌年はどうすればよいだろうか。総資本は144円に上昇しているから、これまた調達品が56円であればROAは16.67%に低下してしまう。そこで、さらに安く調達品を51.2円にすることができれば、儲けは28.8円となりROAは再度20%に返り咲くのである。

これは大事な示唆に富んでいる。

一つ目。調達・購買部門が、調達品を毎年下げていかねばならないのは、単に利益アップの手法ではなく、企業の市場における魅力度を保つために必須であること。
二つ目。ある年の調達価格が100円だったとき、翌年度以降はそれを乗数的に下げていかねばならないのは、企業活動自体が複利を要求されるため、これまた必須であったこと。

私が調達・購買部門に配属されたとき、なぜそれほどまでに調達品を毎年下げていかねばならないかが理解できなかったし、まわりに教えてくれる人たちもいなかった。しかし、こう考えるとコスト低減は企業の肝要な行為であったのだ。これを知ることで、調達・購買部員の明日からの行動に意味付けを与えることができるのではないかと私は思う。

もちろん、これは売上を上げていないという前提に立っているので、終わりなき複利の地獄に落ちていることと同義である。極端な説明であることは承知している。実際の企業活動はさまざまな環境変化があるため、これほど簡単ではない。しかし、同時に売上がどうしてもあがらないところにおいては、その「終わりなき複利の地獄」のなかで、コスト低減を進めていくしかないことは必定なのである。

・モノづくりと金づくりは違うけれど

ここで、最初の発言に戻りたい。「製造業と金融業が、実は根っこのところでつながっている」という発言だ。クールな投資家から見れば、投資する対象は貴金属でも原油でもCDSでも株でも債権でも、そしてそれがたとえ製造業を営む企業であっても変わらない。そこで求められているのは、投資に見合うリターンを、どのガチャガチャが返してくれるかということだ。もちろん、製造業はモノに関わっているため、私も愛着がある。それを軽んじようとは思わない。しかし、お金を使ってさらにお金を稼ぎ続けていく、という点からは残念ながら同じである。「お金がお金を生むような虚業は、早く無くなったほうがいい」という人がいるけれど、それは決して金融業だけを対象とするものではない。

さらに話を進めよう。
先ほどまでは、ROAという概念を使って説明を試みてきた。投資家が銀行にそのお金を預けておけば、利子が手に入る。いまでは、その利子は幾ばくかのものだけれど、ゼロではない。ここで、何か対象に投資しておいたときに、1年後にリターンされる「儲け」の割合をr(利子率)で表現しよう。たとえば、前述の企業であれば、r=20%という具合だ。すると、100円は1年後には120円になる。また預けっぱなしにしておけば、その120円は144円になる。

100円の変化
1年後:100円×1.2=120円
2年後:100円×1.2×1.2=144円
3年後:100円×1.2×1.2×1.2=172.8円
4年後:100円×1.2×1.2×1.2×1.2=207.36円
このように変化していくはずである。

では、ここで逆にも計算できないか。当然、計算できるはずである。
207.36円÷1.2÷1.2÷1.2÷1.2=100円
172.8円÷1.2÷1.2÷1.2=100円
144円÷1.2÷1.2=100円
120円÷1.2=100円
となる。

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私は当然の結果から、何をいいたいのか。それは、同じ100円でも「今日の100円」と「4年後の100円」では意味が異なる、ということである。すなわち、年利20%の世界で生きている人にとっては、「4年後の207.36円」は「今の100円」と、価値が等しいということになる。

サプライヤー評価などを実施するときに、将来支払わなければならない金額と、現在支払わなければいけない金額を混同させている人もいる。そういう場合は、残念ながらサプライヤーからの見積りに籠絡されたまま、最適な調達活動ができないだろう。お金がお金を生む世界にあっては、金額というものを絶対的に考えることはできない。過去から将来に伸びる利率の線上で、金額とは意味を常に変容させていくのである。

また、ときに企業の投資評価などで、はるか先の1億円と現在の1億円を同義に論じていることがある。お金が増えていく世界=増やしていかねばならない世界=すなわち私たちがいる世界、においては同義で論じることはできない。
直感的な意味でいえば、過去の1円では相当なことができた、と歴史は語る。以前ならば、1円で芝居を見て食事をして愉しめたという。しかし、今の1円はささやかな募金をすることくらいしかできない。同じ1円の価値は相対的に低下している。同時に今100万円をもらえるほうが、将来100万円をもらえるよりも価値が高いだろう。それは、先の100万円が不確実性とともに、現在から計算した利率を考慮していないからである。

・ここから始まる巨大な世界

ROAからはじまった、この利率の考えは普段の調達・購買活動に、これまでと違った視点をもたらすことになる。

  • 支払い条件変更が無効な理由

  • まとめ購入交渉が無効な理由

  • サプライヤー評価・投資評価に必謬が内包する理由

これらが明らかになる。おそらく、この事実を知る人はバイヤーのなかでもほとんどいないだろう(少なくとも私は同僚から聞いたことはない)。あなたがこれらの知識を持って同僚や会社を説得し、新たな評価システムを創り上げることができるかどうか。そこまではわからない。しかし、多くの知識と軸を持ち、そこから都度最適な手法を模索することこそ大事なことだ。

それぞれの説明は次回以降に譲るとして、最後に伝えたいことがある。その一つは小さなものであっても、人生や仕事を大きく変える「何かがある」ということを私たちは知っている。その「小さな何か」がこの文章によってもたらされるとすれば、大変嬉しい。専門家とは、ほんのわずかしか知られていないことを、より多く知っている者のことだ。

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