ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
●リスクにどう対処するか ~目指すべきは最小化でありゼロではない
企業経営をおこなう際に、想定すべきリスクは多岐に渡って存在します。日本では、大震災の経験から自然災害へのリスクがおおきく注目されがちです。しかし、リスク対応とは自然災害だけではありません。全般的なリスクへ目を向け、それぞれに応じた対策が重要です。
☆企業経営にまつわる調達購買部門が日常的に直面するリスク
調達購買部門として想定すべき主だったリスク要素は次の8点です。
(1) 供給に対する顧客の要求(または需要)
顧客の要求内容や、需要変動への対応もリスクを含んでいます。顧客の要求内容が高度化しているのに、従来の対処を継続していた。過去良かったのだから、現在も、そし将来も同じで良いとの判断で、さまざまな問題が発生している事実を忘れてはなりません。また、急激な需要変動による発注量のプラスマイナスともに、調達購買部門にとっては大きなリスクの要因です。
(2) 価格(国際的な為替レートの変動含む)
価格に潜むリスクに異を唱えるバイヤーはいないでしょう。しかし慣れて鈍感になってはいけません。調達購買部門ではサプライヤーから購入するモノやサービスの価格に注意を払っています。ここで特筆すべきは、一企業の調達購買部門としては、対応の難しい要因による価格変動です。海外から原材料調達をおこなう場合の、急激な外国為替の変動は、その対処のむずかしさもあって、調達購買部門にとってもっとも悩ましいリスクです。
(3) 競合企業の動きによる影響(特定し、競争力を判断)
すべてのサプライヤーに対して買い手が自社のみであれば、このリスクは存在しません。しかし、競合企業は必ず存在し、調達購買部門であっても競合企業の調達購買戦略によって大いに影響を受けます。調達購買部門も、競合企業の動向には注意をはらわなければなりません。
(4) 生産能力(技術の進歩を含む生産に必要な要素)
これは先に述べた(1)の要素とも関連します。そして、自社もサプライヤーも、量的にも質的にも、バランスを著しく欠く事態に陥ると、市場で大きなデメリットを抱えながら、調達購買活動をおこなわなければならなくなります。特に、サプライヤーの生産能力と、自社のそれに質的、あるいは量的なミスマッチが発生した場合は、競合企業に後れを取ってしまいます。
(5) 技術予測
技術面での対応は、調達購買部門がメインではないかもしれません。しかし、サプライヤーの存在する市場に直接的に接している部門であり、自社にとってリスクとなる情報には敏感さが求められます。われわれが普段話をしているサプライヤーの担当者は、われわれが直接話したり訪問したりするのが難しい競合企業に日常的に出入りしています。もちろん、機密保持の観点から、直接的に他社の動向を伝えられるとの期待は持てません。話の節々から、競合企業の動向を感じ取るのも調達購買部門の重要な役割です。
(6) 供給資源
そもそも地下鉱物資源とは埋蔵量に限りがあります。近年では、資源メジャーと呼ばれている企業の合弁による寡占化が進んでいます。要因の一つは、地下資源であればより深く、製錬にも高い技術とコストが必要となります。近年、おおきな話題になっているシェールガスや、オイルサンドといった新たな石油燃料代替資源は、近年の原油高騰によって採算性が確保されているのです。また、資源としての有限性に加えて、産出地域の政治的な安定性にも問題のあるケースが多数見られます。日本の一企業の購入量では、サプライヤーへの影響度も少なく、対応方法が悩ましいリスクです。
(7) 規制
グローバル展開の進展した企業では、進出先におけるさまざまな規制の存在が大きなリスクとなる場合があります。そして、進出先で起こった事象が、進出元の国で大きな問題としてクローズアップされ、企業の姿勢が問われるケースも実際に発生しています。例えば、昨年発生したバングラデシュでのビル倒壊事故では、同国製の衣料品を輸入している欧米企業がコスト削減を強制した結果、工場作業員は劣悪な環境での労働を強いられているとの批判も聞かれました。衣料品を購入する企業が、生産国の工場の建物の強度について責任を問われかねないのです。この事件は、労働者1000人以上が犠牲となったため、一時的にセンセーショナルに報道される事態にもおよびました。建物自体がそもそも正規の建築許可を得ていなかったとか、8階建ての6階以上の部分はさらに違法の建て増しであったとか、さまざまな原因が取りざたされました。しかし、欧米企業と同じく、海外に位置する日本企業にとって、調達先である現地企業の法令順守を確認する必要性が、ご理解いただける事例といえます。
(8) ロジスティクスリスク
経済のグローバル化によって、陸海空の交際物流ネットワークを駆使したサプライチェーンが構築されています。近年でも、日本で発生した大震災の例だけでなく、ヨーロッパの火山噴火による航空のストップに伴う影響や、大規模な寒波の襲来による物流網のまひといった事例がみられます。こういった事象は、多頻度少量・社内在庫の極小化を前提とした納入システムを採用している企業に、一時的であっても混乱をきたす原因になります。
☆リスクはゼロになるか
近年、日本国内や経済的に関係の深い海外で発生した自然災害の影響によって、多くの企業で自然災害リスクを回避する取り組みが積極的におこなわれました。サプライチェーンを寸断させない取り組む中で感じる不安、それは、すべてのリスクは回避できない事実です。リスクを回避する取り組みをおこなえば、結果、新たなリスクの存在が確認され、まさにイタチごっこになってしまいます。これは、リスクは無限大に想定できるのに対して、対応する企業側のリソースが限定しているためやむを得ません。リスクを管理し、あらかじめヘッジするためには、相応の費用が発生します。費用的にどこまで許容できるのか、どこまでリソースを割けるのかは、リスクを管理する上で重要なポイントです。リスクとは、すべてをヘッジに取り組むのでなく、発生確率の高いリスクをどのように順位づけるかがカギなのです。
☆できることから対処する
もう一つ、リスクを考える上で重要な点です。日常的な調達業務でも供給が停止するリスクは存在します。数十年に一度の天災も、その被害は甚大となりますので、対処は大事です。しかし、日々さらされているリスクへの対処も同じように、発生確率からすれば、それ以上に重要なのです。もっとも一般的なリスクは、なんらかの理由で、サプライヤーの事業継続が困難になり、供給が停止する事態です。日本企業の廃業率は4~6%です。取引をおこなっているサプライヤーが100社いれば、4から6社程度は事業継続できなくなる事態は、十分に想定の範囲内です。調達購買部門のもっとも重要なリスクへの対応とは、身近な供給停止リスクへの対処なのです。
平常時に別の供給元の探索を継続的におこないます。世界中どこを探しても唯一無二のサプライヤーである場合は、供給停止に陥らないリスク対応をサプライヤーに求めましょう。調達購買戦略で、バイヤー企業の意思として、サプライヤーとまとめた集中購買をおこなっている場合は、現時点で購入していない別のサプライヤーとも、なんらかのタイミングで新たに取引を開始する前提で、関係を断ち切らずに継続しておきます。日常業務の中で、このような身近なリスクヘッジ策を地道におこなって、供給遮断の可能性を減らし、より大きなリスクの顕在化が発生した場合の対処を検討します。