調達購買視点での「吉田調書」の読み解き(牧野直哉)

内閣府は、福島第一原子力発電所の事故発生時に、対応の指揮をとった吉田昌郎氏(故人)からの聴取内容を公開しました。今回は、膨大な文書から調達購買への「教訓」を読み解きます。

原子力発電所における全電源喪失した中で、冷却機能をどのように確保するかは、私個人にはまったくの想定外です。読み進めていくと、調達購買的視点での問題は、想定外ではありませんでした。問題を大きくした一因は調達購買部門と、全体システムの関わり方です。これは、どの企業の調達購買部門にもある話です。

●教訓1 非日常的環境下での日常業務の実践

この文書( http://big.assets.huffingtonpost.com/020_koukai.pdf )の26~27ページにかけて、次の通り述べられています。

「回答者 ただ、これも混乱がありまして、資材班の人が、仕様がわかるかというと、わからないんです。資材班はものを集めてくるということで、細かい技術的な仕様がわからないですから、復旧班が仕様を出さないといけない。例えば、何ボルトのバッテリーで、こんなものですよとか、電源車も、何kW のものだという仕様を出さないといけないんで、ここがなかなか難しいところです。資材班に電源車が欲しい、バッテリーが欲しいと言って、資材班が了解ということで、そこから復旧班、仕様を渡せということで、復旧斑からうちの資材班に仕様を渡して、あとは事務的に、こんなものを送れという対応を本店の資材班とうちの資材班でやる。ですから、当然、技術スタッフのアドバイスが要るんですね。」

事故発生当日の夕方頃の状況です。全電源を失った中で、どのように原子炉を冷却するかを試行錯誤する場面。電源を失ったから、電源車を要請する。でも電源車には、発電容量や、電圧、発電動力源の燃料といった「仕様」を決めなければ確保できません。調達購買部門が自分で欲しい「なにか」を買うわけではありません。日常業務では、必ず購買要求部門から欲しい「なにか=内容」が提示されます。

語られた状況は、原子炉の冷却には欠かせない電源が失われた状態です。究極の非日常的な状況です。そのような状況の下で、関連部門と協力した調達購買活動の実践には、なにが必要でしょうか。

全電源喪失に際して、資材班は特別な準備をしてなかったのでしょう。幾重にも安全装置を兼ね備えた原子力発電所では、このような事態を想定していなかった。聴取内容からは、そう読み取れます。それでは、あらゆる事態を想定し備えるのが得策でしょうか。あらゆる事態を想定するのは不可能です。リスクは無限大であり、無限大に対処するには、リソースも無限大に必要です。

発生する非日常的な事象への対処も、想定される社内のリソースの範囲でおこないます。公開内容の全文を読み進めると、こんな文書( http://big.assets.huffingtonpost.com/077_1_5_koukai.pdf )もありました。47ページにはアクシデントマネジメント実施組織図があります。残念ながら、資材班は組織から外れています。想定外のアクシデントが起こった場合、発生した状況に必要な外部リソースの確保は必要ではなかった前提の組織図です。

注目すべきは、この組織図は改善してこのような姿になった点です。もし自社の災害に代表されるアクシデントへの緊急対応組織がある場合、調達購買部門がどのような位置づけにあるかは事前の確認を要します。もし、この文書のような場合は「本当に外れていて良いのか」との問題意識を提起します。

●教訓2 危機的状況下での物流確保

この文書( http://big.assets.huffingtonpost.com/051_koukai.pdf )の43ページには、次のように語られています。

「回答者 要するに、この前も申しましたように、こっちで要求しているんですけれども、うちの場合は、あのときの補給ラインはどうだったかというと、東京からいろいろ発注かけると、小名浜にコールセンターがあって、うちの持ち物の石炭を積む子会社なんですけれども、広い場所があって、ここに全部一回物資を集めて、ここからJヴイレッジを経由して発電所に来るんですけれども、こっちには来ているんです。後で聞くと、山ほど、いろんなものが。仕様は別にしてですね。結局、Jヴィレッジから発電所に運ぶ補給路が全然確立ができてきないんですね。持ってくる人間もわからずに持ってきますから、持ってきたんだけれども、使えないというような状態が混乱の中で、ずっと続いているという状況でした。
質問者 放射線が嫌だから。
回答者 1つはそれはあります。要するに、運転者が来ないから、こっちから取りに行かなければいけない。この前も申しましたけれども、結局、こっちの人聞は数が限定されていますから、現場を見ないといけない。やらないといけない。補給を小名浜コールセンターまで取りに来いと言うんです。そういう状況ですね。
質問者 バックアップ部隊がやるべきことがされていないというのはありましたね。物は幾らでもありますね。コンプレッサなどはレンタルで、あります。
質問者 だから、これで大事なのは、物があるか、ないかではなくて、全体を構築する能力を持っている人がどれだけいて、そのとき、どれだけ動けるかだね。」

この発言には2つのポイントがあります。1つめは補給路について。回答には、物理的にモノを運ぶルートはある程度確立されています。問題は、ニーズを満たす補給がおこなわれていたかどうかです。

2つめは、本文で述べられている「全体を構築する能力」の確立。これは最初のニーズを満たす補給にも関係します。危機が起こる現場から取りに行かなければならなかったとあります。原因は、放射線、とても難しい問題。当時を思い起こすと、支援物資はあっても被災地へ行く仕事を請け負わない物流業者がいたのは事実です。仕事を選べる物流業者と、事故の当事者では、起こった事象への責任が異なります。

2つの問題に共通するのは、サプライチェーンの視点です。大地震と原発事故の後、寸断や断絶といった言葉で表現されました。事故対応の問題点として、緊急時のサプライチェーンの確立と、発生した断絶の原因調査が正しくおこなわれているのか。これは、企業レベルでもあらかじめ検討すべき課題です。

「吉田調書」の全文を読むと、「資材班」と呼ばれる調達購買部門が登場するのは、冒頭の報告書です。事故発生直後の、まさに緊急時に上記の2つの通り言及されています。緊急時に調達購買部門には求められる役割の存在を証明しています。しかし、事前に検討されたアクシデントマネジメントでは、資材班は組織から外された形になっています。

事故対応の混乱は、緊急時の外部調達が十分に機能しなかった点も一因です。これは、すべての調達購買部門が重く受け止める必要があります。今回の当事者に固有に発生する事象ではありません。この経験を生かすのは、調達購買業務に従事するわれわれの責務です。

※上記文書へのリンクには、内閣府のホームページではなく、「吉田調書・全文をテキスト化 The Huffington Post( http://www.huffingtonpost.jp/2014/09/11/yoshida-full-text_n_5802450.html )」のリンクページとしてあります。

(了)

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