連載「2019年から2038年まで何が起きるか」(坂口孝則)
*2019年から2038年まで日本で起きることを予想し、みなさまのビジネスに応用いただく連載です。
<2027年②>
「2027年フジロック30周年」
ライブという原点回帰、原体験重視の30年
音楽は人の心を揺さぶる。多くのひとの心に届くヒット曲をAIなどで事前分析できたり、ヒット曲を機械が作曲できたりするかもしれない。
いっぽうで、従来の音楽産業では、楽曲をフリーにして、ライブやグッズ販売で儲けるビジネスモデルが続伸していく。そこで重要なのは、ライブが、非日常空間であり、ナマ・リアルなイベントであることだ。
・ライブの優位性
ライブの優位性は、ひとびとを、まったく隔離された空間に置く点にある。ライブが非日常だからだ。たとえば、他のメディアどうしは、日常のなかの時間剥奪戦を繰り広げている。
わずか10年で、テレビ・新聞などの腫瘍メディアへの接触時間が減り、携帯電話やスマホの時間が増えているとわかる。それにたいして、ライブは、その人物の時間をそのまま奪ってしまう。つまりテレビは、視聴中に、つねに他のメディアとの時間の奪い合いに晒されているけれど、ライブは基本的にひとびとの空間と時間を支配している。
これ以降、動画配信サービスなどが勃興してくる。そのなかで、いかに時間を奪い、そして、他に逃れられない支配下に置くかが重要になってくるだろう。また音楽産業は、ライブやイベントのように、異空間にひとびとを置くことを注力するに違いない。
・音楽フリー戦略
楽曲を無料あるいは定額制で聴けることで、私の音楽への支出は伸びている。高校時代に愛聴したBrutal Truthの旧アルバムに再会して、懐かしすぎて解説ムックを買ってしまった。 Sikthも楽曲を聴いてから復活ライブにいったし、Emperorも試聴してからLOUD PARKに行って、そしてTシャツまで買ってしまった。MEGADETHは新作をダウンロードしてお台場まで見に行ったら、仕事帰りのサラリーマンであふれていた。かと思えば、たまたまアップルミュージックのラジオで聴いたGiovanni Alleviの曲に感動し、知人にプレゼントとしてCDを贈った。おそらく2000~3000円のCDを買わせるより、それ以降のバックエンド商品を買わせたほうが良いはずだ。とくに、客層が高くなるほど有効だろう。
このように、楽曲をタダ、あるいはそこで儲けることなく、バックエンド商品(ライブやグッズ)などに誘導することを、フリー戦略と呼ぶ。つまり、まず無料で多くのひとに訴求したのちに、上位層に高利益ビジネスを展開する方法だ。
音楽業界はコンテンツ産業の先端を示しているが、かつてこんなことがあった。ラジオ番組に出演した際、前の番組にアーティストがゲスト出演していた。スタッフに「ああいうアーティストの出演ギャラ捻出は大変でしょう」というと「あれは無料なんですよ」といわれた。驚く私に「宣伝になりますから、そういう習慣なんです」と。
だから、これまではテレビなどのメディアがタダで、のちに楽曲販売で儲けようとしていた。それが、楽曲販売を放棄し、ライブ等で儲けるモデルになったといえる。
・データドリブン・ミュージック
宗教が歌を使い、教徒の帰依を深めていったように、やはり音楽でしか訴求できない何かがある。アイドルが歌でファンを惹きつけるように、やはり人間には歌によって心動かされる。
たとえば、街中で聴いた曲に胸を衝かれ、気になってしまうことがある。その衝動を繰り返せるよう、楽曲を判別するアプリが重宝されるだろう。私もスマホにアプリをもっているが、まだ精度が高いとはいえない。メロディを分析し、曲名を提供すると、それはその後の楽曲売上にも貢献するだろう。
しかし、どんな歌によって動かされるかは人によって異なるのが、やはり音楽の面白いところだ。
だいぶ前、高校生のころ。佐賀県に住んでいた私は、ハードコア、ノイズ、グラインドコアなどを愛聴していたが、それらの音源を売っている場所がなかった。佐賀駅から博多駅に特急電車で向かい、地下鉄に乗り、そしてボーダーライン天神店に向かう。片道2時間。そうやって発見したハナタラシの伝説ライブ画像とかマゾンナ、ゲロゲリゲゲゲの音源……といった体験談も、いまでは中年の自慢譚でしかない。
それらを見ようと思えば、もはやYouTubeで検索したらじゅうぶんだし、中古音源もアマゾンを使えば手に入る。ほんとうは、片道2時間の価値を語りたいところだけれど、早く手に入るにデメリットがあるはずもない。世界に無限に広がる音楽をネット経由で積極的に摂取して、新たな音楽を創り上げる新生代のアーティストが登場し、そしてほんとうの意味で国境を越えるだろう。
多くの音楽データが電子上で使えるようになったとき、同時に期待できるのは、楽曲の売れ行き分析だ。
かつて『その数字が戦略を決める』のなかで、すぐれたワインをみわける方程式が紹介されたのは衝撃的だった。降雨量や、平均気温などを入力するとワインの価格が推定できるのだ。また、現在、さまざまな分野でビッグデータを用いた、機械学習によって商品の売れ行きが分析されている。
しかし、音楽に関しては、さまざまな研究はあれども、なかなか事前の売れ行き分析は難しい。たしかに、新人アーティストの楽曲を分析してヒット予想を行うといった研究はある。ただし、音楽というのが、過去にリスナーが聴いたことがなかった種類のものを提示し、心の震えをもたらすものだとしたら、ビッグデータはそもそも過去の情報だから、そもそも分析にそぐわないのだ。
その困難さをどう乗り越えられるのか。マーケティングの観点からも興味津々だ。さらにヒット曲予想だけではなく、AIなどを活用し作曲する試みも継続している。もしかすると、それは最大公約数の、つまらない楽曲なのかもしれない。それは、逆説的に音楽の神秘性をひとびとに伝えるだろう。
・音楽推薦ビジネスの可能性
米国に旅行にいって驚くのは、スーパーなどの量販店でCDがたたき売りされている光景だ。再販制度がないために、人気の作品だけが並べられ、そして安価に販売される。そこにはレディー・ガガとテイラー・スウィフトしかいない。米国では、売れ筋のものだけが普及していく。
日本の独禁法ではもちろん価格の硬直性を認めていない。ただし、音楽は文化産業だとして例外になっている。日本では返品も可能であるため、小売店としても値下げ販売するインセンティブはない。だからまだ多様性は担保されている。
ただし、大きな流れとして、楽曲はタダになっていく。そのときに、私たちが聴くのがたった数人のアーティストだけというのも寂しい。音楽は多様性の象徴だというのに。故・佐久間正英さんは「一人のアーティストが100万枚を売るより、100人のアーティストが1万枚ずつ売るほうが文化的に正しい」と卓見を述べた。
そこで、現在のレコメンデーション機能をさらに飛躍させたキュレーションが求められる。たとえば、現在は似たアーティストや、ダウンロード履歴からおすすめが提示されるが、そこにはなんの驚きもない。
たとえばその曲が、そのアーティストにとってどのような意味をもつのか。歴史的な意義。あるいは他の曲との音色の違い。楽曲の元ネタ……など、これまでの音楽雑誌ならばすでに書いている情報との組み合わせがなければつまらない。逆に、情報との組み合わせで、もっと「ナマで見てみたい」アーティストとの出会いが増えるに違いない。
<つづく>