ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)
・これからのリスクヘッジの話をしよう
東北震災によって生産ラインが止まっている企業は多い。その復旧はどれくらいかかるのかもわからない。少しずつ元に戻ろうとしているものの、前途は多難だ。
たとえば自動車メーカーでは組立途中のアッセンブリーラインから再開させている。ただし、サプライヤーからの部品はまだ納入されないままだ。東北地方を中心とするサプライヤーがいつ完全復旧するかはわからないため、各社はまだ足踏み状態が続いている。
今回の震災は各企業のリスクヘッジに再考を促している。これまで、「万が一のときに備えて、マルチソース化せよ」と語る人がいた。要するに、特定のサプライヤーがラインストップしたときに、違うサプライヤーから納入してもらえばいいというわけだ。あるいは、サプライヤーのティア構造を把握することによって、もしものときのために、予め代替生産工場を考慮しておきましょう、と語る人もいた。
1.マルチソース化
2.ティア構造を調べておく
この二つに対して、今回の震災はNGを突きつけた。今回の東北の震災ほど大きな地震が起きてしまったら、もうなすすべはないということなのである。つまり、皮肉ではないけれど、調達・購買部門が語る「リスクヘッジ」とは、「そこそこの災害だったらなんとかなるけれど、大きな災害には手も足も出ません」というものにすぎなかった。自動車産業という、日本でもっとも「調達のリスクヘッジ」を声高に叫んできた業界が、騅逝かず呻吟していることからもそれはよくわかる。
また、上記の1.2.について、それぞれ一点ずつ指摘しておこう。
各企業の調達・購買部門は、よく「自社ではマルチソース化を実現している」という。しかし、そのほとんどは虚構であった。ある特定部品について、ほんとうにサプライヤーA社からもサプライヤーB社からも調達できるようになっている企業を見たことがない(なぜ、誰もこのことを指摘しないのだろう)。
せいぜい、樹脂とか鋼材などの材料は、2、3社から購入できるようになっている企業もある。しかし、たとえばICでもなんでもいいけれど、特定カスタム仕様、あるいは図面買いしているものを、2社購買している例など、私は知らない。
つまり、そもそもどの会社もできていなかったのだ。マルチソース化なんて。
それを「できている」というから話がおかしくなっている。いま、ほとんどの企業は部品開発力を有していない。サプライヤーの技術者が実際の開発を行っていることがほとんどだ。バイヤー企業の設計者や技術者は、単にコーディネーターの役割しか持たない(私はこれを批判しているわけではない)。
同じく自動車産業に属する人はわかるとおり、完成車メーカーの技術者は自ら図面を書くことは(ほとんど)ない。サプライヤーの技術者がCADを操作し図面を作り上げる。完成車メーカーの技術者は、レイアウトや法規を検討することが大半の仕事だ。
つまり、調達品のほとんどはサプライヤーが開発したものだ。こんな状況にあるのに、そもそも、その調達品を異なるサプライヤーから買おうとしたって、そんなことはできるはずはない。要するに、現代的な背景において、マルチソース化など「絵に書いたモチ」にすぎないのである。
私は、繰り返しだが、サプライヤーが実際の設計をしていることを批判しているわけではない。それに、バイヤー企業の設計者が図面を書かないことを批判しているわけでもない。これほど技術が細分化している世界においては、バイヤー企業の設計者が部品設計までできるはずはない。私が以前、著作でも書いたとおり、これからはサプライヤーの技術力を活用せねば製品を作ることはできない。
ここで一つの事実が浮かんでくる。つまり、これからのリスクヘッジ、安定調達の前提となるのは、
・マルチソース化による調達構造の構築
ではなく、マルチソース化の逆で、
・その1社からしか調達できない前提で、調達・購買担当者は考えておく
・そして、そのサプライヤー内部でリスクをヘッジしてもらう
・そのために調達・購買担当者は尽力する
ことになる。
バイヤーとは何か。「媒介者である」と私は繰り返し言ってきた。媒介者とは、メディアである。メディアは各領域の情報を貪欲に摂取し、それを咀嚼することで各方面に発信する。
これまでの震災でもっともサプライヤー復旧に役立ったのは、競合他社の生産状況を教えてあげることだった。どういうことこか。サプライヤーA社が震災に遭ったとしよう。バイヤーはサプライヤーA社にたいして、サプライヤーB社の生産状況を教えてあげるのである。すると、サプライヤーB社では、生産設備のキャパが余っており、サプライヤーA社を救えるかもしれない。あるいはサプライヤーB社のティア2メーカーの設備はまだ余裕があるかもしれない。サプライヤーA社は彼らの助けによって、なんとかラインをつなげるかもしれない。
緊急時には競合関係などクソくらえである。このようなときにこそ、メディアたるバイヤーが活躍するべきなのだ。
媒介者であるバイヤーが、震災のときにできるのは、せいぜい各社の状況を正確に伝え、相互扶助を促進することではないかと私は思う。サプライヤーを単独で見るのではなく、横軸で見てあげることのできるバイヤーゆえの活躍とは、その点に求められる。おそらく、「2.ティア構造を調べておく」が役立つのは、その観点において、ではないか。
2010年から「キュレーション」という言葉が出てきた。「キュレーション」とは、情報の海から、役立つ情報をすくい上げ、自分なりの解釈とともに周囲に伝えていくことだ。まさに、その行為は、メディアたるバイヤーそのものではないか。バイヤーとは「キュレーション業」だったわけだ。
リスクヘッジは、「作れるサプライヤーを複数用意しておく」から「万が一のときの被害を最小限化する」に移行せざるをえない。
その際、バイヤーに求められるのはキュレーション力であり、情報発信力だ。
マルチソース化という「現実的にはありえない」施策を述べるのではなく、私が伝えたいのはその二つの力だ。
<つづく>