教養としてのサプライチェーン第1回目(坂口孝則)
*今回から数回にわたり、「教養としてのサプライチェーン」解説を実施します。サプライチェーン全体像と近年のトピックをとりあげます。この連載をすべて何かに貼り付けていただければ、そのまま新人教育に使えるようなものを目指します。
ではサプライチェーンとは何でしょうか。さまざまな定義があります。ここではあえて単純に定義します。「調達・購買、生産、物流、営業・販売までの業務プロセスにおける、モノの流れと情報・お金の流れを指す」。そして、サプライチェーンマネジメントとは、「それらを効率化することによって、企業としての価値向上を目指すもの」とします。
このサプライチェーンは、自社完結するものではなく、当然ですがサプライヤや販売先とも連携しています。
そしてまずは、調達・購買から説明します。もちろんこのメールマガジン読者は調達・購買の方々でしょうから、ご存知のことは繰り返しません。ただ、今回はサプライチェーンなので、コスト査定だとかコスト削減というよりも、調達品確保や在庫管理といった観点からお話します。
・調達・購買の重要性
生産コストの40~70%は外部からの調達コストが占めています。自社はアッセンブリー(組み立て)のみを担い、その他はすべて外部の力に依存するのは珍しくありません。調達・購買とは文字通り、外部から材料・製品・部品・設備・金型……等々を購入する仕事です。
調達・購買の仕事は、その調達品のQCDを維持・向上することによって、自社企業価値アップを目指します。いうまでもなくQCDとは、Q(品質)C(コスト)D(納期)を指します。昨今では、これにD(開発)C(コンプライアンス)M(マネジメント)E(環境)P(営業戦略上ポジション)G(グローバル対応)などを加える例もあります。
調達・購買とは購入する立場ですから一般的に強い立場にいます。しかし、サプライヤ同士の合従連衡や、原材料の値上がり、そして下請けイジメにたいする社会的避難、そしてコンプライアンスの観点からも、サプライヤとの平等・対等な関係が模索されてきました。もちろん、少なからぬ現場では、まだ高圧的な交渉が存在します。ただ、一社では最終生産が成立せず、かつ一社では情報収集に限界があることから、サプライヤとは協調的関係を目指すべきです。
さてこれをかつてはwin-winの関係などといっていました。このwin-winの関係を調達の文脈で単純にいうと、「すぐれたサプライヤにはたくさん発注しましょう。そうすると大量生産によってコスト削減もやりやすいから、両社ともにメリットがある」ものです。もちろん、そうすると選定しやすいのは系列企業でした。一部から揶揄的に表現されるケイレツ発注とは、このwin-winの関係を資本関係の有無を基準とするものです。各社の協力会とはその系列企業、ならびに受注額の大きなサプライヤが中心となったもので、情報だけではなく人的交流を主とするものでした。
協力会の特徴とは「優先」と「情報」と「寡占」にあります。すなわち、バイヤー企業へ優先的に生産・開発をコミットすることで、優先的に情報をもらえ、そしてそれが他企業群と比して寡占的な受注につながるのです。
・SRM(サプライヤ・リレーションシップ・マネジメント)
その概念にたいして、欧米から出てきたものがSRM(サプライヤ・リレーションシップ・マネジメント)でした。これは直訳すると「サプライヤとの関係性管理」となります。自社とサプライヤーの関係を維持・強化(工場)することで調達品のコスト低減や業務効率化を目指すものです。理念はさほど日本と欧米に変わるところはありません。
ただ、SRMというとサプライヤとのやりとりをするシステムと誤解されてきた側面もあります。サプライヤから見積りを電子上で入手し、交渉し、そして見積書取得実績をためていく。さらに備蓄した購買データを実績分析し次回の部材発注につなげていく。この一連のシステムをSRMの名称で販売しました。これがある意味、誤解を流布してしまいました。
欧米にはいわゆる協力会は存在していない--、かというとそうでもありません。著者の経験では、欧米に在する日系自動車メーカーのサプライヤシステムはおなじ構造をしています。定期的に会合もあります。飲み会とゴルフが、ランチョン(昼食ミーティング)とボウリングに置き換わり、人的交流もさかんです。サプライヤアワードなる表彰制度もあります。
ただし、おなじく私の感覚でいうと、協力会だから仕事を願いするケースは昨今ほとんどありません。むしろ、かつて協力会に加入していたサプライヤの桎梏に悩んでいるケースが大半です。多くの企業では、協力会は解散せずとも単なる交流会的機能をもたせ、より優れたサプライヤとあらたな組織をつくり紐帯を強化する動きがあります。つまり一度つくった協力会は壊すと角が立つから、別の場でより攻めの会合をやるわけです。
新たな組織の特徴は、「評価制度の導入」「入れ替え基準の設定」「提供情報のランク設定」にあります。まず、評価制度をつくってサプライヤを評価し、その結果によって紐帯組織のメンバーを入れ替え、そのメンバーに対しては上位ランク情報を与えていきます。あくまでイメージですが、おおまかな生産計画は全サプライヤと共有するものの、詳細のスケジュールや品目はメンバーにしか伝えないものです。
・いくつかの発展
おなじく出来した概念としてリテンションマネジメントがあります。これはサプライヤと自社の関係を面談回数によって管理しようとするものです。これは各レイヤー同士(本部長・部長・課長・係長・担当者)の面談を実施し、それによって調達戦略と営業戦略のすりあわせをするものです。定期的な対面によって両社の関係性を伸ばし、サプライヤ側からしても先端の技術を紹介できたり、自社からしても緊急時の納品対応をお願いできたりとメリットがあります。
また、このところAPSなる概念がでてきました。これは、Advanced Planning and Schedulingの略です。これまで、協力会やサプライヤ組織などで、細かな品目スケジュールを伝達していました。しかし、この問題は、詳細を伝達されても動きようがないことにありました。つまり、営業部門が予定を聞いてきても、実際に先行生産までいたりませんでした。その数量が絶対的に保障されていないため、誰も責任を持てなかったわけです。
そこで、バイヤー企業側のより具体的な生産計画と生産数量を、具体的なデータで共有することが求められました。これまで不可能だった煩雑な作業が、ITとネットワーク機器の発展によって可能になりました。日々刻々、変化していくデータをASPによって共有できます。
このASPは、自社の調達・購買、生産、物流、営業・販売にいたる一連のスケジュールを管理するものです。生産ラインの稼働状況なども把握しながら、あるべき生産計画を計算し、かつ実行を支援します。このリードタイム情報をサプライヤと共有することで、これまでの問題が解消します。これまでサプライヤと共有していた静的なデータではなく、動的なデータを共有することで、サプライヤ側もこれまで以上に早急な生産対応が可能です。
次回も発注や納期管理等についてお話します。
<つづく>