ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・これからの交渉の話をしよう~第2回目

交渉の話をするときに、いつも「ためらい」がある。なぜ交渉を語りづらいか。それは、いくつかの理由がある。代表的なものは二つだ。

まず、一つ目に交渉を語る人が、ほんとうに交渉上手と思えなかった経験がある。これまで「交渉術」のたぐいのセミナーや講義を受けてきたが、その講師の多くが、その交渉術を実践しているように思えなかった。これはあるところで書いたけれど、私が交渉術の講義を受けているときに、「先生が、どのようにこの講師料を上げる交渉をしたのか、サンプルとして教えてもらえませんか」と訊いたところ、相手を激怒させてしまった。「交渉などしていない」というのだ。

もう一つ、交渉にはさまざまなテクニックが必要だとされる。細分化した技を披瀝している本は多い。しかし、そんなのほんとうに覚えられるだろうか。交渉の場では、さまざまな予期せぬ提案がなされる。また、どんな方向に転ぶかもわからない。なのに、細かなテクニックを学べといわれても、それを実践に役立てることができそうに思えなかったのである。また、「交渉は下準備が必要」といわれる。そりゃそうだ。でも、問題は時間がないことだ。下準備や戦略を立てるのが重要だとはわかっていても、それを実現させる時間がない。どうも交渉術とは、衒学的な、あまり役立たないものではないかと思ってしまった。

そこで、私は調達・購買・資材担当者のための交渉術として、前回から原理原則をお伝えすることとし、あまりテクニック的なことを述べるのをやめた。また、スケジューリングをしっかりしろとか、あるいは下準備なども特には語らない。もっと学術的に確立され、心理学的にも応用の効くアプローチを伝えたほうが良いと思ったからだ。

さっそくだが、前回のおさらいも含めて語っていこう。交渉で重要なのは、次の三つのプロセスを踏むことがわかっている。

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1:同化~相手と同化する
・相手と別々の立場ではなく、一致した立場であることを醸成する
・相手に入り込み、同化する
・同化したあとに、交渉を開始する

2:不満~相手の不満(or 要求)を聞き出す
こちらが提案したいことではなく、まず相手の不満(か要求)を知る
なぜ、その不満を抱くようになったのか、その要求を抱くことになったのかを知る
不満(か要求)を完全に聞き出したのか確認する

3:合致~不満(or 要求)に合う提案を行う
相手の不満(か要求)について、こちらの認識が正しいか確認する
相手を満足させるような提案を行う
クロージングする

「同化」「不満」「合致」、この3段階である。私は、前回「この心理学アプローチを応用するところに、私の交渉論のほぼすべてがある」といった。バックナンバーをご覧いただける人は読んでほしい(1ヶ月の無料期間中のかたは、もうちょっとお待ちください)。

・交渉は「同化」することから

では、「同化」とはなんだろうか。

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「同化」とは、文字通り、交渉相手と一体化することだ。図を見ていただければわかるとおり、交渉では相手と心理的な乖離があるところからはじまる。どなたにも経験があるとおり、馴染みのある交渉相手であれば交渉は上手くいく。また、馴染みのない、わかりあえない相手であれば、交渉は上手くいかない。「交渉の最初にはコミュニケーションが重要」とは、当たり前の話で、完全にビジネスライクな交渉など、ほとんどの場合は成立しないのだ。だから、どんな国でも、交渉の前提は、まず相手と仲良くなる(=同化する)ことからはじまる。

図において私は、2段階目は、相手と同化するとしている。これは、相手の懐に入り様子をうかがうことだ。

ここで重要なのことが二つある。

・一つ目:「相手の情報空間」に入り込むこと。人間は、情報空間と物理空間を区別できない、という性質を持っている。
・二つ目:「人間の一貫性の法則」を活用すること。人間は、自分が言ったことを否定できない。

どういうことか。まず、一つ目「相手の情報空間」。催眠術師を思い出してほしい。彼らは、まず被験者の情報空間と物理空間を合致させようとする。「あなたが座っている椅子は硬いでしょう」と、情報と物質をあわせる。そうして、徐々に情報側をずらしていくのだ。「だんだん眠くなっていきます」といって、情報側をスライドさせていく。そうすると、人間は情報と物理空間を区別できないから、一度合致してしまった情報側に物理空間側もあわせようとする。その必然として、体が眠くならなければ、その不一致は解消できない。だから、たしかに眠くなってしまうのである。

よく交渉のテクニックとして、「相手の言葉づかいにあわせなさい」とか「相手が腕を組んだら、あなたも組みなさい」というものがある。これは私流にいえば、情報空間と物理空間を合致させるためである。そして、徐々に情報空間側を操作して、こちらに有利な情報を加えていく。そうすれば、相手は自分が発したことかのように、その情報に賛同していく。

また、二つ目の「人間の一貫性の法則」。これは文字通り、相手の一貫性を利用することだ。人間は自分の発言を否定できない。「以前、こうおっしゃいましたよね」と指摘されると人間は、ムキになって反論しようとする。そして、過去の発言と現在の発言に齟齬がないかのように、なんとか理屈をつけようとする。相手がこちらに賛同するようなことをいったとすれば、その発言を覚えておいて、「こうおっしゃったということは、こういうことですよね」と、相手の発言をベースに自分の有利な方向に導いていく。

・言葉遣い、身振り手振りをあわせ、話題も相手にあわせる
・「~ということは、~ということですね?」と相手の一貫性を常に引き出すようにする

お分かりのとおり、相手の一貫性を利用することで、徐々に自分の有利な方向に近づけるようにしておくのだ。口癖にしておいたほうが良いのは「~とおっしゃいましたが、こういうことですよね」と「~ということは、~こうなりますよね」と「~ということは、こういうこともいえますか」である。

相手と同化するプロセスが終わったら、次は「不満」のプロセスに入っていこう。それは次回に譲るので、期待していただければ幸いだ。

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