明るい自殺者たち(坂口孝則)

・自殺者の奇妙な取引

ここに、明るい自殺者がいる。

彼は、人生に絶望し、2年後に自殺することを決めていた。2年後に設定したのは、25歳の彼が、27歳に自殺したカート・コバーンに憧れていたからだ。あとは惰性で過ごしておけば、2年後にはこの世界から逃げ出すことができる。

ただし、どうせ死ぬのだ。それならば、死ぬまでの2年間を愉しく過ごせたらどんなにいいだろう。愉しく過ごすためには、お金が必要だ。ただ、彼はその若さゆえに、口座に記帳された10万円以外は、何の財産も持ち合わせてはいない。

その彼が持っているものといえば、その若さくらいだ。元気だといっても、銀行強盗をするほどの勇気もない。しかし、いまさら熱心に働いてもまとまったお金を作るのは難しい。人は、将来の希望を持たないまま、目の前の仕事に没頭することはできない。

将来の希望――。まさに、彼は将来に希望がないからこそ、自殺することにしているのだ。自殺志願者に「希望を持て」というほど無意味で逆効果な説得はない。

彼は、自分が死んだら5000万円の死亡保険が家族に支払われることを知っていた。しかし、バカらしい、と思う。自分が死んだあとの5000万円など、彼にとってどんな意味があるのだろう。まさにお金が必要なのは、「今」なのだ。

自殺までの2年間をいかに過ごすか。彼は、それを考えながら、インターネットでオークションを眺めていると、驚くものが出品されているのに気づく。

「タイムマシン」。その時点での入札額は1億円。サイズはコンパクトで、ユニセックスなデザイン、乗り物酔いはせず、100Vの家庭用電源で動き、固定資産税もかかりそうにない。取扱説明書までついているという。
* これはインターネット上で2000年に実際に起きた出来事で、出品者のもとには「試乗できますか?」「メンテナンスは容易ですか?」等の質問が相次いだ。

人はみな、「現在」に拘泥されている。時間を自由に移動できたら――。そんな人々の思いが、このタイムマシンの落札額を多額なものにしているのだろう。現在を飛び越える快感。そこで、彼は一つのアイディアが思い浮かぶ。

「自分の将来を販売してみたらどうだろう?」

彼は、さっそく実行に移す。彼は、オークションにログインして、こう書いた。「人生に絶望している者です。みなさま、誰か私の将来の自殺を買ってくれませんか。私は2年後に自殺しますので、そのときに5000万円が支払われる権利をお売りします」
それを掲示したときから、アクセス数が急増していった。1円からはじまり、100万円、500万円と突破していき、ついに2000万円を超えた。そして、彼の自殺の値段は、最終的に3000万円にまで達していく。

彼は、人生に絶望して自殺を決意していた。「人生には何の価値もない」と諦観したゆえに、逆説的にそれほどの価値を創出してしまい、大金を手に入れるチャンスを得たのである。彼は、その結果を前に日本一明るい自殺者となることに成功してしまった。

・自殺者の奇妙な取引のその後

3000万円を落札価格として、彼の自殺のオークションはめでたく終了した。落札者は彼に3000万円を支払い、わずか2年間のささやかな幸せを提供してあげることになった。

3000万円の振り込み、彼からの「自殺保険書」の受け取り。そのすべてがサイバースペースと手紙のやり取りで行われた。ただここで、落札者は考える。彼は自殺するに違いない。3000万円を受け取って、それで有名になってしまった人間が逃げ通すことも難しい。

しかし、と。

5000万円を受け取ることができるのは、ネットと手紙のやりとりとはいえ、一度「知ってしまった」人間が死んでしまったときだ。さすがに、知った人間の死を期待してしまうのは、妙に胸が痛くなる。そこから落札者は不思議な罪悪感に囚われ、毎日を過ごさざるをえなかった。

その感情に押しつぶされそうになった落札者は、1年後に名案を思いつく。「この権利を再度、オークションで販売すればいいじゃないか」。その落札者は、3000万円で購入した自殺債権を、売りに出した。「彼」が自殺するのは1年後だ。とすれば、もうちょっとで5000万円が受け取れるわけなので、価格は3000万円以上になっていい。落札希望価格を3000万円以上と設定して販売しだした。

同じく反響を呼んだこの自殺債権オークションは、3800万円の値がつき、元・落札者は胸をなでおろした。そこで、同時に彼は不思議な取引が成立したことに気づく。

この取引に登場するのは3人だ。一人は自殺者の彼、そして落札者の二人。自殺者は生前に大金を受け取ることができ、最初の落札者は自殺を知ることなく800万円の差額を利得とし、最後の落札者も自分の知らない誰かが消えることで1200万円の利得を得る。

この取引は、いったい誰がソンをしたというのだろうか。いや、そもそも、誰かの死を前に損得などは無用の話題にほかならない。しかし、その無用さゆえに、誰もが目をそむけているところに、不思議な売買が存在してしまったのである。

・自殺債権の金融的価値

自殺債権は、2年後に5000万円になるところを、1年後には3800万円、現在では3000万円の価値だった。これを、金融商品と考えてみたらどうだろうか。

現在の1円は年利が5%だとしたら、1年後に1円×1.05=1.05円にする必要があり、2年後に1.05円×1.05=1.1円にする必要がある。この考えにのっとれば、現在から将来に対しては複利で掛け算をしていくことになるから、将来から現在を見れば、逆に複利で割り引いていくことになる。

自殺債権をここで逆算してみると、

5000万円÷1.3=3800万円 であり、
5000万円÷1.3²=3000万円 となる。

当然これは、現在の3000万円から計算しても同じ結果が得られるので、

3000万円×1.3=3800万円
3000万円×1.3²=5000万円 となる。

すなわち、この自殺債権を、インターネットオークションで販売したところ、市場がこの金融商品に対して年あたり30%を年利として評価したことになる。しかも、2年満期なので、1年では何の価値ももたらさない金融商品でもある。明るい自殺者は、1年ごとにカート・コバーンの年齢に近づき、それによって、自分をヒロイズムに似た恍惚的な感情で溢れさせることで、死の階段を一歩一歩登っていくのだ。

この30%を割引率と呼ぶ。将来に5000万円になるかもしれない商品であっても、その年利――、割引率を用いて、現在の価値に変換するときに減じていかねばならない。

たとえば、あなたは3000万円を持っているとする。何もしなければ、来年にも3000万円が銀行口座に入ったままだ。しかし、30%で増え続ける金融商品の世界の住人であるあなたは、その3000万円を翌年には3800万円にしていると考えるべきだし、その翌々年には5000万円にしていると考えるべきなのだ。そして、5000万円の将来からすれば、その金融商品は2年前の現在の価値に置き換えれば、3000万円にすぎない、ということでもある。

* インフレ率を意図的に無視したことをご了解願いたい。

・自殺債権の金融的価値

ここで自殺志願者が自殺を止める率が、30%だとする。年間100人が自殺を決意するものの、30人が自殺を踏みとどまり、また矛盾にあふれた世界に戻っていく。

自殺を取りやめることは素晴らしいことであるけれど、自殺債権を購入した人にとっては、リターンがゼロになってしまう。それは、社債を購入した人が、その企業の倒産によりリターンを得ることができなくなってしまったことと相似している。

この場合の30%とは、自殺債権の販売者である、明るい自殺者が「人生の絶望を払拭できてしまう確率」と考えたらよいだろう。人生には奇跡的な出来事にあふれているから、この厭世者が1年間のある日に赤い糸で結ばれた女性と恋におち生きる意味を再確認するかもしれない。あるいは、心惹かれる預言者に洗脳され、新興宗教に傾倒し新たな人生の意味を発見するかもしれない。もしくは、名も無き詩人のふとしたフレーズに心洗われ、灰色の日常が煌いて見えてくるかもしれない。

30%でその金融商品が無価値になるのであれば、あなたはそう簡単にそれに投資したりはしないだろう。その30%を前提とすれば、自殺債権のような危険な儲け話に乗る必要はない。あなたが、自殺債権を魅力的と感じるためには、そのリスクに見合ったリターンが得られるときのみである。

あなたが、3000万円を銀行口座に保有していれば、翌年にも銀行口座には3000万円が存在するだろう。その場合には、翌年の確実な3000万円以上のリターンを期待しなければ、意味がない。

3000万円×(1-30%)×(1+利率)=3000万円

となる必要がある。

左辺は自殺債権を購入した場合の期待値、右辺は銀行に預金していたときの期待値である。

これを解くと、利率は43%にもなる。ここで注意していただきたいのは、銀行に預けている場合と、同じ程度を求める場合であっても、それほど高利のリターンになってしまうということだ。すなわち、30%もの確率で自殺を思いとどまるという、ある意味、希望にあふれた社会においては、逆説的にその自殺債権の利率において、高利貸しも驚くような43%もの高利率を要求するのである。

* 本当は、3000万円を国債のようなリスク・フリーな金融商品に投資した場合と比較すべきであるが、ここでは割愛した。

今回の増刊号は不謹慎な話ですまない。ただし、かつて、同種の債券売買を真剣に考えている企業がいた。あの企業はどうなったのだろう。もし、読者に「他者の自殺を売買すること」についての違和感があるのだとしたら、その企業も計算だけではない、その「何か」に呻吟していたのだろうか。

<この話は続かない>

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