カンニング問題と、バイヤーが抱える問題の共通点(牧野直哉)
難関大学入試における、携帯電話を使ったカンニング問題。私は、カンニングをおこなった受験生に、最近のバイヤーの抱えた問題を重ねて見ています。
今回の問題は、ある受験生が何度か練習を行なって、本番の試験で実行したことになっています。このページを参照してみると、最初に質問したのは昨年の12月23日になっています。入試問題を投稿された大学が記者会見をしたのが2月27日。私は、この話を最初に耳にしたとき、今回のカンニングは組織的に行なわれたのだろうと考えていました。ところが、投稿をおこなった犯人(こういう言い方にも違和感がありますね)は、投稿に使用された携帯電話の契約内容から判明します。いうなれば、いとも簡単に犯人へ行き着いたわけです。
もし、私が今同じ受験生の立場であれば、同じようなカンニングの方法を思い立ったかもしれません。しかし、実行に際しては携帯電話の契約者から自分がばれないような策を講じます。今はプリペイド式携帯電話の購入でも本人確認が必要です。ネットへの接続によっても足のつかない携帯電話を入手する事で、まず大きな壁が立ちはだかります。ネットで検索すれば、手に入れる方法を見出せたかもしれない。しかし、どうでしょう。多分、足のつかない=身元がばれない携帯電話入手を検討する時点で、きっとあきらめたでしょうね。今だったら、入手に必要な資金を準備できるでしょうけど、私の高校時代に思いを馳せれば、ちょっと無理でしょうから。
話は変わりますが、以前職場でサプライヤーへの支払いサイトの延長が話題になりました。可能な限り全てのサプライヤーに一ヶ月のサイト延長の申し入れを行う。そんなに資金繰りが厳しいのかという自社への不安と、そして厳しくなる取引条件をどのようにサプライヤーへ了承して貰うかについて、バイヤーの間でも議論となっていました。
しかし、よくよく話をしていると、バイヤーの「支払いサイト」に関する認識が微妙に違っていることに気づきました。そして、さらに聞き進めると、多くのバイヤーが、サプライヤーへの支払い方法について、具体的な仕組みや動きを明確に理解していなかったのです。当時、私が勤務する会社の支払い方法は、
1. 手形
2. 現金振込み
3. ファクタリングによる支払い
の3種類がまず存在していました。それぞれにサイトや、支払い率が細かく設定されていました。手形廃止→現金もしくは、ファクタリングへの流れの中で起こったサイト延長。しかし、具体的に支払いサイトの延長によって、どのような影響がサプライヤー側で発生するのかについて、正しく理解しいているバイヤーが少なすぎたのです。結果「支払いとは」と題した勉強会を開催するに至ります。
私は、たまたまバイヤーをする前に営業をしており、代金回収についてはある程度の知識を持っていました。代金回収する側と支払いする側では表裏一体なはずですね。しかし、私が購買部門に入って驚いたのは、営業の一刻も早い支払いを!というこだわりとは別次元で、具体的な支払い方法に無頓着なバイヤーの存在でした。
ただし、無理もありません。バイヤーの仕事は価格交渉だ!と、どうしてもモノなりサービスの単価にフォーカスしてしまいます。私の職場でも、新規サプライヤーの採用を行わなければ、支払い条件や方法の知識がまったく無くとも、一人前のバイヤーとして通用するわけです。当時既に電子決裁システムを稼動させており、実行キーを押すことが、支払いに繋がっていたわけです。
もちろん、バイヤーが押す実行キーの先には、様々な具体的な業務が存在します。バイヤーが実行キーを押すだけ、それだけで支払いが行われないのも事実です。社内牽制の観点で、発注され、納品完了していることが、支払いの条件です。同時に原価として計上されます。バイヤー企業の買掛金、サプライヤーの売掛金にもなります。その上で、予めサプライヤーと締結した支払い条件に基づいて、支払いが実行されます。バイヤーの実行キーを押してから、サプライヤーの手元に代金として現金化するまでの道のりを知らなくてもいいのです。バイヤー業務を支援してくれる「情報システム」によって、各セクションの担当者が自ら課せられた任務を全うすることで、支払いが行われるわけです。これで、支払いの仕組みを知らずとも、支払うことができるバイヤーが誕生するわけです。
さて、話をカンニングに戻します。
今回の受験生に、少しでもインターネットの仕組みへの理解があれば、このような問題は起きなかったのではなかったのか。掲示板を活用して、何度か練習した跡が窺えます。問題を入手し、携帯電話を活用して問題文を読み取る。そして「投稿」というボタンを押した後に、どのような仕組みで掲示板へ行き着くのか。今回の一連の報道では、IPアドレスの判明によって、個人が特定されたとあります。このようなサイトを活用すると、ある程度IPアドレスの主の絞込みが可能です。まして、大学当局による警察への被害届(これが想定外だったかもしれないですね)が行われ、国家権力をもってしては、Web上のアクセス記録など簡単に明らかになってしまうわけです。
最近のトレンドで言えば、仕組みといえば「つくる」でしょうか。こんな本もあるくらいですから。
確かに、音楽配信におけるApple、iTuneの成功に、仕組み構築の重要性が解き明かされています。しかし、仕組みとは作る前に理解です。売買を司るバイヤーが、具体的な支払いの実務を知らなかったことは、笑い話以外の何物でもありません。でも、笑って済む話でしょうか。今回のカンニング問題で言えば、「投稿」というボタンを押した後に行われることへの理解があれば、カンニングしたでしょうか。どこかのサーバーにはログが残り、個人の特定が容易に行なわれる可能性があるのです。今回の受験生は、関西の有名私立大に合格しています。果たして、カンニングによって不合格が合格となったのかどうか。意図せず、今回は大騒ぎになったかもしれません。しかし、私は行った行為に比して、その代償はあまりにも大きいと感じざるをえません。
仕組みを作るためには、既存の仕組みを理解すること。そして、仕組みを理解することは、めぐり巡って自分を守ることに繋がることを深く心に刻む、私にとってカンニング事件はそんな事件だったのです。