ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

「見積りのウソの見つけ方 第三回」

前回までサプライヤーの見積りの査定方法を確認してきた。繰り返しで恐縮だが、前回までを振り返ってみよう。こう書かないと、失念している人にとっては混乱するだろうからだ。覚えている人は飛ばしていただいて構わない。

まず、見積りを査定するときに、見積りを細かく分析すればいいという「コスト分析一派」、あるいは相見積りだけで中身を見ようとしない「競合一派」の二つに分かれるといった。その後、その二手法のどちらかのみが正解ではなく、両方をハイブリッドする必要があるともいった。それは、サプライヤーの見積りが「政治判断領域」と「原価分析領域」に分かれるからだった。

さらに、そのコストが「変動費」と「固定費」に分かれ、その「固定費」は「サンクコスト固定費」と「非サンクコスト固定費」に分解できるのだった。

サプライヤーは「変動費」である材料費のところまでを削ることはないが、「利益」→「サンクコスト固定費」→「非サンクコスト固定費」の額に値する「政治判断領域」を削るという値下げ行動に出る。

しつこいが、これはざっとしたおさらいなので、詳しくはバックナンバーを見てほしい。

そして、そこから「政治判断領域」の適正値の決め方を見ていった。さきほどの図表を入れ替え、このような図表を提示してみせた。


ここで、サプライヤーの決算書を使うのである。「材料費」と「加工費」を加算したものが売上原価と近似できる。さらに、「販売費・一般管理費」と「利益」のところが、決算書における「売上総利益」と比較できる。さらに、「販売費・一般管理費」を営業費用とすれば、残る「利益」とは決算書上の営業利益になるのである。

<図をクリックいただくと、大きくすることもできます>

そこで、サプライヤーがバイヤー企業からとる「利益」「販売費及び一般管理」について、「一体どの程度が適正値といえるのか」について三つの尺度を提示した。

  • 同業界・他社なみ

  • 前回売買時と同等

  • 類似製品と同等 

他の会社の決算書の入手手法については、EDINETなどを紹介した( http://info.edinet-fsa.go.jp/ )。ふうふう。やっとおさらいが完了したところで、次に進もう。

さて、この「販売費及び一般管理」について、ちょっと話しておこう。これは、付加価値と呼ばれるところだ。付加価値とは、繰り返し説明するまでもないけれど、「付加価値=販売価格―材料費」で表現されるところだ。さらに、「付加価値=利益+販売費及び一般管理+加工費」と表現できる。すなわち、「付加価値」とは、外部から買ってきた材料を、いかに価値をつけて、価格に反映できるかという尺度なのである。

当然ながら、「販売費及び一般管理」は低い方が良い。その分、利益が伸びるからだ。そこで、この「販売費及び一般管理」の目安であるが、ズバリ10%~20%が適正だと言っておく。

これは

  • 材料費に40%程度

  • 加工費に30%程度

これで、粗利益率が30%

  • 販売費及び一般管理に20%

これで、営業利益率が10%
というレベルがほぼ「優秀な会社である」と思うからだ。

ただ、これでも営業利益率であるために、最終的な「税引前当期利益」ではない。だから、一見「10%」という高い利益率に見えても、それほどではない。中小企業の利益率(営業利益率)は1~3%程度になっているところも珍しくない(というか、ほとんど)。だから、このレベルは、サプライヤーの将来の発展を考えれば「適切」ではないかと言うことができる。

さて、ここでバイヤーのみなさんに問う。

見積り上、どのような表現がなされているかは知らないが、「粗利益」(あるいは「利益」+「販売費及び一般管理」)が30%もある!という見積りを見たことがあるだろうか。おそらく無いのではないか。あるいは、そのような見積りを見たときに「こんなに儲けてんのかよ! 安くしろ!」とは「言わない」と断言できる人がどれだけいるだろうか。

粗利益率は、サプライヤー最終的な利益ではない。それには、営業費用などが引かれていない。その段階で30%とは決して高い数字ではない。それであっても、である。それぞれの意味がじゅうぶんに理解できていないバイヤーであれば、きっと「30%もウチから取る気かよ! 値下げしろ」という衝動を抑えきれないのではないか。

では、次にサプライヤーに訊いてみよう。

「オタクの粗利ってどれだけ取っているんですか?」と。おそらく、「いやあ、まったく取っていませんよ。原価ギリギリです。まったく儲からなくて」という返答だろう。あるいは、詳細を記載した見積りを入手しているバイヤーであれば、その粗利益率が何%になっているかを確認してみよう。きっと30%なんて書いている見積りは見あたらないのではないか。サプライヤーも、そんな数字を書いたら、値下げ要請があるとわかっているから書かないのである。

ここで、一つの事実が明らかになる。

そもそもサプライヤーの見積りなど、まったく真実を反映していないのである。見積りの査定を開始する前に、この事実から目を離してはいけないだろう、と私は思う。

そもそも真実を投射していない見積りを査定してどうなるというのだろう。実際のコストレベルを知らずに、どのように「真のコスト」などというものを理解できるのだろうか。

とはいえ、そのような現状を暴露しただけでは始まらない。ここで、改善に向けた順序を申し上げる。

  • 決算書などでサプライヤーの製造コストの「事実」を知る

  • 見積り書等々と比較することにより、それと決算書の違いを明らかにする(もちろん、決算書は平均や累積にすぎないが、見積りが「ウソだらけ」であることを明確にするためのことだ)

  • サプライヤーに問い、見積り書を適正にすることを協議する

ここで、もっとも重要なのは相互信頼に基づいた話し合いであろう、と私は思う。サプライヤーは利益を意図的に低くし、その分を材料費や加工費に紛れ込ませていることが大半である。それを「是正してくれ」というのだ。これまで加工費が30円だったはずのところを、ほんとうは20円と書き直せ、ということである。粗利が20円だったところを、ほんとうは40円でしたと書き直せということである。

もちろん、サプライヤーは「そんなことを書けば、バイヤーから値下げされるのではないか」とビビるに違いない。そこはサプライヤーに不信感を抱かれてはいけない。たぶん、「見積りを訂正してもらっても、値下げ要請はしない。私たちは事実を知りたいだけだ」と誠実に語る必要があるだろう。それをちゃんと信じてもらえるか、は各調達・購買部門のこれまでの真摯さにかかっているかもしれない。

ちなみに、私の経験を語ろう。

見積りの詳細を提出してもらっている場合であっても、粗利益率はだいたい10~20%は「低く」されている。ほんとうは25%ぐらいの粗利益率であっても5%~15%程度に「意図的に低く設定」されている。おそらく、ほんとうの数字を書けばとんでもないことになると恐れたのであろう。そこから、なんとか説得して本来の数字を出してもらうことになった。

もちろん、正直に告白すれば、すべてのサプライヤーに協力してもらえたわけではない。ただ、真摯に誠実に話し、協力してもらえるところは、着実に改善していった。真実のコストがわかるところから、ほんとうの改善がはじまる。

サプライヤーのほんとうのコストはわかっただろうか。この話は、次に政治判断領域を超えていき、さらに広い領域までつながっていく。「見積りのウソ」を見抜く方法は、バイヤーの真価とスキルが問われるところなのである。

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