法人税論議のウソと、調達・購買の明日(坂口孝則)
・サプライヤー工場の移転は日本の法人税にあるのか
サプライヤーのグローバル化について、これまで調達・購買の世界では語られなかった「税」という観点から述べようと思います。また、議論のおわりに、日本が直面している空洞化の真相についても言及していきましょう。
麻生政権のとき、さかんに法人税の引き下げが論じられたことがありました。
日本では、企業が最終的な利益として残した額の約40%を税金として上納する必要があります。書籍によっては、法人税率が40%と説明しているものもありますが、正確には40%とは「実効税率」で、法人税、法人事業税、法人住民税を合計した負担率です。ですので、法人税率が40%ではありません。
ただ、この文章は法人税を専門的に述べるものではありませんから、ここでは省略します。だいたい、30%程度だと設定しておきましょう。
なぜ、麻生政権のときに法人税の引き下げが話題になったかというと、それは「現在の法人税率が高いので、企業の工場がどんどん海外に逃げていく」から、「企業の工場を日本のなかにとどめておくためにも、法人税率を引き下げなければいけない」ためだったからです。
一見すると、これはまともな意見のように聞こえます。日本は法人税が高いのだから、新しい工場を建てる際には、日本ではなくどこか海外の法人税率の低い国にしてしまおう――。これは正論のように聞こえます。
このテーマを書いておきたいのは、どんどんビジネスがグローバル化していくなかで、調達・購買の知識領域がこのようなところにまで広がってこざるを得ないのではないかという思いからです。また、近い将来にグローバルな調達のみならず、海外の工場設立のプロジェクトに携わる人だっているでしょう。
だから、バイヤーという職業人たちにも、この「法人税率が下がれば、日本の企業は、日本に工場をとどめ続けるのか」ということを考えておきたいのです。
・法人税引き下げが海外逃亡を抑制するのか?
結果から述べます。法人税の引き下げなど、日本企業の工場を日本国内にとどめておく手法にはなりえません。それは、単なる思いつきではなく、計算上「意味がないこと」なのです。それは、どういう理由からでしょうか。
やや専門的な用語になりますが、日本国内に主たる事業所や本社を有する企業を「内国法人」といいます。内国法人は、日本国に税金を納める必要があります。この内国法人は、どこで稼いでも日本の税率が適用されるだけのことなのです。
わかりましたか。もうちょっと説明を加えましょう。
法人税を30%と仮定しました。ある企業が利益100万円を稼いだとします。すると、税率が30%ですから、税額は30万円です。これは単純な計算ですね。では、その企業が、生産の半分をアジア諸国に移したとしましょう。50万円の利益をアジアで稼ぎ、50万円分を日本国内で稼いだことにします。ほんとうは、もうちょっと複雑な仮定が必要なのでしょうけれど、簡潔にするためにこのようにしてみました。
すると、同じく利益は100万円ですから、税額は100万円の30%の30万円なわけです。以上、証明終わり。日本企業は、それが文字通り「日本」企業である以上は、日本税率の陥穽から逃れられません。
ここで、一つのことに気づいた人がいるかもしれません。「アジアで50万円を稼いだのであれば、その国でも法人税を払っているのではないか? そうすると、むしろ法人税が高くなってしまうのではないだろうか?」と。その通りです。
ただ、このような場合には「みなし外国税額控除」というものが使われます。つまり、その場合は海外で支払った税金分は、差し引いて良いですよ、ということです。ここでも簡単な計算をしてみましょう。そのアジアの国での法人税が10%だったと仮定します。すると、50万円の利益に課せられる税金が5万円になります。
・その企業は5万円の法人税をアジアの国に支払う
・日本国内では100万円の利益に30万円の税金が課せられる
・しかし、アジア国に支払った5万円が控除されるため、25万円に減額される
・結果として法人税は30万円を支払うことになる(日本国25万円、アジア国5万円)
ということで、結局は30万円の法人税は変化しません。
ここで、冒頭の議論に戻ってみましょう。「現在の法人税率が高いので、企業の工場がどんどん海外に逃げていく」から、「企業の工場を日本のなかにとどめておくためにも、法人税率を引き下げなければいけない」という議論は、的を射ているものでしょうか。残念ながら、答えはNOです。
世界のどこに工場を建てても支払う法人税が変化しない以上、この議論は無効でしかありません。これから、みなさんがニュースを聞いているときに、同様の議論が登場した場合は注意してください。そのほとんどが、税金の仕組みから考えると「?」なものだからです。なぜこのようなことを解説してくれる新聞がないのでしょうね。
ただ、この続きを考えてみましょう。税金の支払いが変化しないということをもっとも理解しているはずの経営者たちであっても、なぜ同じような主張をしていたかを、です。これには、二つの要因があるように思われます。
一つ目。ほんとうの理由は、「日本国内から企業が逃げ出さないため」ではなく、単に法人税の絶対額を引き下げたかったから。
二つ目。法人税の引き下げによって、企業の負担を減らし、代わりに他の税源比率を引き上げることを狙っていた。
二つ目は、やや私の予想めいたところもあります。ただし、「法人税が高いと日本企業が国内から逃げていく」というフレーズを使えば、税の仕組みを知らない人にとっては頷きやすいところもあり、それによって真の狙いから目をそむけさせたということは十分に考えられるわけです。
単に絶対額を引き下げたいという主張を、日本企業の逃亡という論点にすり替えて見せた。これは、ほめるわけではありませんが、なかなか巧妙なレトリックだったというわけです。
しかし、日本企業が海外に工場を新設する例は枚挙に暇がありません。その論点は法人税の高さだけにあるのではないのです。もっとも大きな要因は、海外労働者の賃金の低さということにあります。もし、日本国内で派遣労働者の雇い入れが義務化されれば、人的コストは莫大なものになり、その要因はさらにクローズアップされることになるでしょう。
繰り返します。論点は法人税の高額さにだけあるのではありません。日本労働者の人的コストの高さにこそあります。それをより高額なものにしようという政策は、日本企業の海外への移転という形をもって、さらに日本の空洞化を深刻なものにするでしょう。法人税の引き下げ議論の裏には、そんなリアルが待ち構えているのです。法人税を引き下げればそれだけで解決する、という単純な図式の中に、私たちはもう住んではいません。
現在の論点は、日本の産業構造の大転換すらも要求する、日本国自体のコスト高という「不都合な真実」なのです。