ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

これまで何かが「正しい」と言われたとき、私には習性として、それを疑う癖がある。 大勢の人たちが一方向に傾くとき、そこには一種の危うさと、無自覚な無検証さが潜んでいるからだ。

かつてヒトラーを選択したのが、ワイマール共和国のきわめて民主的な手続きによってだった、という歴史を紐解くまでもない。多くの誤謬は、大勢の人たちが無批判に熱中する態度そのものに内在している。

前回、ケイレツ発注が疎まれ、競合によるコスト低減だけが注目されていることに警告を発した。サプライヤー同士を争わせ、安いコストが出てきたらそれでおしまい。

「ほら、競合すればこんなに安くなったでしょう?」。

そんな態度に疑うところは残っていないのか。私は、その話をする前に、標準偏差の話からはじめた。ここからは少しだけ前回のおさらいである。

そこで、私はある競争状態にあるサプライヤーの受注数を次のように示した。このサプライヤーの平均受注数は765個だった。

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多い月もあれば、少ない月もある。そこで、この数字から偏差と偏差平方和を計算した(偏差とは平均からの差であり、偏差平方和とはそれを2乗したものだ)。

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そして、分散を求め、標準偏差を求めた(偏差平方和を「データ数マイナス1」で割ったのが分散で、その分散をルートで求めたものが標準偏差だ。詳しくは前回をご参照のこと。これも前回にお伝えした通り、エクセルの「ツール」→「分析ツール」→「基本統計量」から一発で求めることもできる)。 

この標準偏差がブレの正体であり、平均からプラスマイナス120個のズレは「当然予想できるもの」と認識せねばならないことを説明した(詳しくは前回のものをバックナンバーで読んでいただきたい)。

ここで重要なのは、繰り返しになるが、「標準偏差」分の数量のブレは、「当たり前のもの」として見込んでおかねばならないことだ。その「当たり前」とは、どのくらいの確率なのだろうか。

統計上の標準偏差一つぶんは、約68%を示す。つまり、確率68%で、765個プラスマイナス120個の範囲に収まることになる。具体的には、886個(四捨五入の関係で、885個にはならない)から、645個の範囲に、68%の確率で収まるということだ。

標準偏差の話のついでに、一つ雑談をしておこう。国会では憲法改正において、議員の三分の二以上の賛成が必要とされている。これは、まったく無意味な基準ではない。標準偏差で見たとおり、68%の範囲に収まっていることに注目しよう。

これは、ロクでもない議員もいるだろうが、三分の二以上の賛同を得ることができれば、ほとんどの場合は民意を反映していると考えられる。多くのことは、標準偏差内に入るということだ。

さて、ここで標準偏差を前提として、サプライヤー側のコスト計算に軸を移してみよう。

競合状態に貶められたサプライヤーは、もちろん、多くの数量を受注できることもあるけれど、激減することもある。前述の例で言えば、645個にまで減ってしまうこともあるわけだ。しかし、ケイレツ発注を行っているところは、765個のままで一定である。

ここで、二つのサプライヤーのコストを想定してみる。一つは競合状態にいるサプライヤー、もう一つはケイレツ発注されているサプライヤーだ。両社とも、ある製品の変動費は1000円で、月間の固定費額も100万円だ。競合とケイレツ発注は、サプライヤーにとって、どのようなコスト構造の変化をもたらすだろうか。

平均値でいえば、次のようになる。略して「競合状態サプライヤー」=「競合状態」、「ケイレツ発注サプライヤー」=「ケイレツ」としよう。

  • 競合状態:変動費1,000+100万円÷765個=2,307円

  • ケイレツ:変動費1,000+100万円÷765個=2,307円

当たり前ながら、同じである。しかし、競合状態発注サプライヤーは、多くの受注を見込めば、次のようにコストを変化させるだろう。

  • 競合状態:変動費1,000+100万円÷886個=2,128円

これが量をチラつかせることにおいてコストが下がるカラクリである。何の努力をしないでも、固定費の配賦数が変わるだけでコストは下がる。「量産効果で安なりました」というのは、不思議でもなんでもない。当然のことだ。

こう見ると、競合状態を作り上げることのほうが有益に見える。しかし、競合状態で安くなり続けることはない。それを述べよう。競合状態とは、「良いときは良い」が「悪いときは最悪」になる。

すべてにおいて勝ち続けることのできるサプライヤーはいないから、どうしても受注数量に波が出てくる。しかも、昨今は(特に上場企業であれば)四半期ごとの業績報告さえも求められている。なんとしてでも利益を確保せざるをえない状況において、受注数量が多いシナリオだけを想定することはできない。

すると、サプライヤーは傾向として必ず下限受注量を考慮しつつ見積もりを作成せざるをえない。なぜなら、この数量は「当たり前」にあるものであり、「想定の範囲内」であるはずだからだ。それこそが、標準偏差の意味でもあった。

そうなると、サプライヤーのコスト計算式は次のように変化する。

  • 競合状態:変動費1,000+100万円÷645個=2,550円

ここで悠然としているのは、ケイレツ発注の側である。

  • ケイレツ:変動費1,000+100万円÷765個=2,307円

ケイレツ発注は、両社の信頼のもと、「浮気をしない」ことが前提となっているから、標準偏差上のブレがない。すなわち、固定費の配賦が常に同じ数量で行われるために、競合状態のサプライヤーが右往左往する間にも安逸としたコスト計算を実施する。

ここまできて、高いと思われていたケイレツ発注サプライヤーのコストが、競合状態サプライヤーのコストを鮮やかに逆転する。ここにあるのは、一つの逆説である。

「競争がないから安くならない」はずだったケイレツ発注は、むしろ「競争がないからこそ、ケイレツ発注は、サプライヤーの安定した受注を生み」、それが「標準偏差の値の小ささから、コスト安を実現させる」のである。

逆に、「競合ばかりの調達戦略」は「各社への発注量の標準偏差の大きさにより、コスト高を招いてしまう」のである。

かなり多くのバイヤー企業が、競合競合と叫び、徹底的にサプライヤーを競わせることで疲弊した。結局そのコスト低減の効果があったかは疑わしい。むしろ、ケイレツ発注を維持していたバイヤー企業のほうが、地道ながらコスト低減を実現させている。競合競合と叫び続けるのであれば、やり続ければいい。

しかし、単に競合することは、けっして戦略と呼べるものではない。サプライヤーのコスト構造まで抉り込み、両社に真の効用をもたらす手法の模索を忘れてはいけない。

まさに、それは「競合だ、競合だ」と叫ばれだしたときから、すでに自明なことだったのである。

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