ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
第二回 ボイスオブサプライヤー実施方法
先日テレビのニュースで、海外のデモの映像が流されていました。映像は、画面の左側に警官隊がいて、そこへ向かってゆっくりと画面の右から左の方向へ進むデモ隊を映し出していました。映像のカメラの位置は、両者のちょうど横です。横からの映像では、ゆっくりと対峙する警官隊とデモ隊でしたが、上から見ると次の図のような状況です。次の図の①、②の位置から見た光景であれば、どのような印象をもつのでしょうか。
①は、警官隊のからデモ隊を正面へ見据える位置です。ゆっくりでしたが自分たちへ向かってくるデモ隊を不気味に思うかもしれません。何が起こるかわからない状況に自らへ進み行く群衆が暴徒化するかもしれない……あらゆる想定を行って警戒しているでしょう。一方、②はデモ隊から警官隊を見ます。警官隊はアクリル板の盾で自らを守っています。そして進行方向に立ちはだかっています。権力の象徴として、デモ隊の正当な意志の主張を阻害する……横暴さも感じているかもしれません。
この警官隊とデモ隊の両者に共通すること、それは自らの行動に信念を持って正当性を主張していることです。片方の立場から見れば、相手の主張は理にかなわないものになってしまいます。ちなみにこの両者、警官隊は暴徒化するかもしれないデモ隊を鎮圧し、治安を維持する。デモ隊も自分たちの主張は、一市民である自分たちの生活を守る。一方の立場から相手を見たときの相手の印象の差ほどに、お互いの信念に差があるとは思えません。
物事を客観的に見る……この客観性の確保の必要性に異を唱える人はいないでしょう。今回のデモの例で言えば、カメラの位置は、両者の主張・立場に汲みしない、起こっている事実を淡々と伝える客観的な視点といえます。しかし、我々は日々当事者としてビジ ネスに携わっています。今回の例で言えば、警官隊かデモ隊の位置なのです。我々が求めなければならない視点は、客観的なカメラの位置でなく、 自分とは異なる一方の当事者としての視点だと思うのです。「ボイスオブサプライヤー」とは、バイヤーが受注側の視点を得る事です。一気に相手の視点にジャンプし、その主張を聞くことができる手段であり、半分しか理解できていない状況を打破し、相手の意志を知ることができる有効なアクションなのです。
前回は、サプライヤーを「別に理解しなくてもいいじゃん」としました。接待費の推移を例に、相互理解を促していた環境が減っていること、その代替手段が確立されていないことから、今バイヤーはサプライヤーを理解できていない、としたのです。そして今回、サプライヤーをわかっていない状況から今、バイヤーはどうやって動けばいいのか、一つの方法論として「ボイスオブサプライヤー」を提案します。
「こんなことがいつまで続くのか……」
十二時を回る時計を見て私はつぶやきました。場所はあるサプライヤーの会議室。納期遅れを改善する為に訪問した矢先、翌日の納品がまったくおこなわれないことが発覚。状況掌握による問題発見、及び解決が目的のはずが、「出荷確認まで帰ってくるな!」に変わってしまったのです。こんなことは、先週もあったっけ……なにやら座り込みに変わってしまった自分の行動に疑問を感じつつも、明日の生産に穴を開けるわけには行かず、ただ出荷確認を待つためだけに滞在を伸ばしていたのでした。
急激な生産拡大による、サプライヤーからの納入遅延という突然見舞われた大混乱に、バイヤーは手分けをして、問題になったサプライヤーへの訪問を繰り返しました。そんな後ろ向きな訪問頻度は増し、バイヤーとしての本来おこなうべき仕事は置き去り、状況は最悪でした。そんな中、外部コンサルタントを招いて、組織横断的に業務の抜本的改善を目的として結成されたプロジェクトチーム。そこで私は、もっともバイヤーとしての挫折感と感動を同時に味わうことになるボイスオブサプライヤーと出会ったのです。
ボイスオブサプライヤーとは、その文字通りサプライヤーの声です。ただ声を聞く方法にいろいろな仕掛けがあります。具体的な実施方法は、次の五点です。
1.申し入れ
バイヤーからサプライヤーに対して、社内業務フローについてヒアリングをさせて欲しい旨、申し入れます。これは、担当バイヤーがメールでというよりも、責任ある立場の人間からの正式なお願いとすべきです。それは、ボイスオブサプライヤーというアクションを通じて、現状を正しく理解し、問題点を解決していく覚悟を示す最初の機会だからです。この段階では、サプライヤー側の協力姿勢を取り付けることに注力すべきです。サプライヤーから全面的な協力を得ることができれば、有意義な情報が得られる可能性が高くなるのです。具体的には、
(1)いつ
(2)誰が
(3)どこで
(4)どういった業務内容についてヒアリングをおこなうのか
(5)なぜおこなうのか
といった以下に述べる内容を明文化し、サプライヤーへ提示します。文書のみならず、実施内容の説明を直接面談して行うことも効果的です。このプロセスは、バイヤー側の責任ある人間がおこなう必要があります。バイヤー側の責任ある人間が熱意を持って説明することで、その覚悟をサプライヤーへ理解してもらうわけです。
2.誰がやるのか
これは担当バイヤー以外がおこなうべきです。普段業務に携わっていない担当外のバイヤーか、ベストは社外の人間です。社外の人間の活用は、バイヤー側企業にも、サプライヤー側にもバランス感覚を持って対応する立場と言う意味で、より有用な結果をえられる可能性が高くなります。担当バイヤーがおこなっては、当然感情にも利害関係にも支配され、ヒアリングできる内容にもおのずとフィルターがかかってしまうのです。
バイヤーは、普段担当サプライヤーの話を聞き、実際のビジネスに携わっています。今回は、そのバイヤーとは異なった視点が必要となります。求める物が現在のバイヤー以外の視点なので、担当バイヤーでは困るわけです。
3.どこでやるのか
サプライヤーで実施します。このアクションでは、質問の過程で、疑問が更なる疑問を呼ぶことが往々にして起こります。その場合、実際にそのプロセスに従事している人がいる場所でおこなうことで、すぐに正しい状態を掌握することが可能だからです。実際、バイヤー側で何度もサプライヤーを訪問するわけにはいきません。度重なる訪問は、訪問を受ける側に「何を探っているのか」との疑念を生ませることにもなり、協力姿勢の減退につながります。従い、できることは一回で解決できる場の設定が非常に重要となるのです。
4.なにを聞くのか
具体的な問題であれば、その問題に関連したサプライヤー側の業務プロセスを中心に聴取します。そのような前提に立てば、取引に関わることであればなんでも良いでしょう。当然、事前にバイヤー側で具体的に解決したい問題を明確にした方が、論点が絞られるのでより興味深い話を聞くことができる可能性が高まります。
担当バイヤー以外が話を聞くので、聴取する際にとってはわからないことだらけになるはずです。そして回答の中には、驚くべき事、意外な答えが含まれているでしょう。でも、その驚き、意外さが今回求めているほんとうの姿かもしれません。この場は、調整やまして指導の場ではありません。どんな回答であっても、相手への尊敬の念を忘れることなく、内容の理解を最優先して行うことが重要です。
5.なぜおこなうのか
これは、
(1)定期的におこなうケース
(2)具体的な問題があって、その解決をおこなうために実施するケース
の二つがあります。ここでは、サプライヤー側、バイヤー側両社にメリットを生む解決方法を見出すことが目的であることを伝える事が極めて重要です。ここで、一方的に要求を突きつけられるかもしれないというサプライヤーの心理的なハードルを取り去る、バイヤー側の姿勢は絶対に欠かすことはできないのです。
ここで繰り返しになりますが、ボイスオブサプライヤーをおこなう場合、担当バイヤーは個々のプロセスには携わるべきではありません。理由は、上記1~5を実行する上で想定される抵抗勢力は、まず担当バイヤーになるからです。前号でも触れましたが、サプライヤーを理解していると躊躇無く答えるバイヤーにとって、このアクションは腹を探られる行為にほかならないのです。私は、実際にこのアクションを推進する立場だったので、口にはできませんでしたが、実際は何を言われるのかとヒヤヒヤしていました。従い、担当バイヤーによるネガティブな反応は当然なものと実感を持って言えます。従い、ここでも担当バイヤーという自負が生むことになるハードルを取り去るアクションが必要となるのです。
ここで、冒頭の「別に理解しなくてもいいじゃん」を再登場させたいと思います。担当バイヤーが、自らの職責に忠実であろうとする結果、サプライヤーを理解しようとするのは当然です。でも、一人のバイヤー視野だけでカバーできる範囲は限定されること、そして違った視点(違うバイヤーであったり、コンサルタント)で見ることで視野を広げること、視野そのものを変えることに意義があることを強調し、その上、担当外のサプライヤーを相互にヒアリングしあうこと(お互い様)を説明することで、バイヤーからも理解を求めることが非常に重要なのです。「理解していてあたりまえ」というバイヤーの常識を一旦棚上げにすることが、ボイスオブサプライヤーの肝になるのです。
次回は、ボイスオブサプライヤーで得られた結果への対応策です。