【連載】調達・購買の教科書~インフラ、非大量生産系(坂口孝則)

今回の連載は色塗りの箇所です。

<1.基礎>
売上高、工事原価、総利益(粗利益)
資材業務の役割
建設業法の基礎
技術者制度
下請契約の締結

<2.コスト分析>
調達・委託品分類とABC分析
取引先支出分析
注文件数とコスト削減寄与度分析
労務単価試算、適正経費試算
発注履歴使用の仕組みづくり

<3.コスト削減>
取引先検索、取引先調査
コスト削減施策
価格交渉
市中価格比較
VEの進め方

<4.取引先管理>
ベンダーリストの作成
施工品質評価、施工納期評価(取引先評価)、取引先利益率評価
優良表彰制度
協力会社の囲い込み、経営アンケートの作成
協力会社への上限設定

<5.仕組み・組織体制>
予算基準の明確化、コスト削減基準の設定
現業部門との連携
集中購買
業務時間分析
業務過多の調整

・協力会社と蜜月になる意味

日本列島に数千存在するといわれる「取引先協力会」は、和をもって尊しとなす金融機関であってすら護送船団方式との決別を余儀なくされた現在にいたるも、連綿と影響力をもっています。

それは本来、自社と取引先、自社の構成員と取引先の親睦組織としての側面をもちながら、ときとして排他的な権益団体となる可能性を拭いきれません。現に、取引先協力会は、主要取引先が幹事役となり、新規の取引先がすぐさま加入するのは難しい状況です。実際に、その協力会における双方間の籠城は、ある種の既得権益化しています。

基本を語るまでもなく、もともと商業活動とは、一社一社の独自性に立脚すべきなのでしょう。自社と取引先が密接すぎることもなく、遠すぎることもなく、ほどよい距離感が緊張感を与え、おたがいに好影響を及ぼすのは間違いありません。必ず特定の取引先に仕事がもたらされる、という状況は、不健全な弛緩を生み、それが中長期的に見てマイナスの効果を生じさせるのは自明です。

さきほど私が語った、微妙な笑みも、もしかすると個人の立場や、あるいは学生の立場であれば存在しないのかもしれません。個人であれば「そこからは買わない」でおしまい。でも、会社間になった瞬間に、そことお付き合いしなければならない、というしがらみがふってきてがんじがらめになります。

「自由と自立を」と街頭で叫ぶ政治家が、ちっとも自由にも自立しているとも見えないのは、きっと地元と政党にがんじがらめにされているからで、おそらく政治家の見せる笑顔がつねに微妙なのも、それと無関係ではないでしょう。

本来、企業は理念を基に設立されています。その崇高な目的を果たすために、いくつかの企業と連携しながら活動します。しかし、その目的はいつのまにか忘れ去られ、手段が目的化します。取引先と調達・購買部門の関係は、そこに閉じたものになり、最終ユーザーのことなど頭になくなります。

協力会が崇高な目的で設立されたにもかかわらず、数年が経つと、ゴルフと飲み会の親睦団体に堕してしまうのと、それは相似しています。誰もが必要性を疑問視しつつも、とりあえず集まるだけの場。

もっとも人間関係が良好なほうが取引はスムーズであるのも事実です。そして、戦略を蜜に共有しておくことは価値があるでしょう。だからゴルフと飲み会を否定しているわけではありません。ならば、「緊張感」と「蜜月」の両方を兼ね備えるほうが良いことになります。

私が考える、あるべき協力会は次の通りです。横軸には、その協力会参加企業の入れ替え有無です。縦軸は、開催内容です。このイメージは、4がもっとも古いあり方です。3→2→1が先端です。

入れ替えは年度ごとに行い、取引戦略にしたがって、協力会にお呼びする企業を替える試みです。そして、親睦だけを目的にするのか、戦略・文化共有にするのかで違いをつけます。

さらに、1象限の協力会は次の要件を想定しています。

要件1.評価制度の導入
要件2.入れ替え基準の設定
要件3.提供情報のランク設定

つまり、取引先評価があって、どの基準値を超えた取引先を協力会会員とするかという閾値があって、さらに、協力会に参加した取引先にどのような情報を提示するか。とくに、情報にランクをつけるのは、調達・購買ゆえの発想です。一例では、このように情報ランクとします。

ランクA:協力会参加企業のみに提示する、今後の事業戦略や技術検討項目、開発予定内容など
ランクB:すべての取引先に公開する、工事案件・生産計画など
ランクC:取引先にかかわらず、ひろく社会に発信する内容。IR、サービス情報

これを、交渉術の用語で、「不等価交換できる情報」と呼びます。つまり、自社からすれば、情報は無形物なので、提示にコストはかかりません。しかし、受け取った取引先からすると、きわめて大きな価値をもちます。これが不等価交換というわけです。

さらに、情報にランクをつけることで、一つのメリットは、協力会に取引先が加入するインセンティブが生じることです。協力会に加入したって、面倒なだけで、何もトクしない、と取引先が思うのは残念です。お付き合いのレベルから脱却するためにも、協力会に加入すると取引先に利すると思わせる必要があるのです。

・経営アンケート

協力会設置の有無は別としても、協力会社を管理する観点からは、定期的にアンケートを取ることが有効です。とくにインフラ系企業の場合、社員全体の加齢が進み、事業継承が問題となっています。赤字ではなく、黒字でも、やむなく廃業する場合もあります。よって、社員の構成などを訊くのが欠かせません。

・社員の年齢別人員数(事務、技術、管理)、ならびに昨年比
・採用計画
・派遣、パート、アルバイト数(事務、技術、管理)
・代表者の年齢、後継者の有無
・経営の主要課題
・設備導入計画

これらを定期的に送付し、回答を入手します。

問題がありそうな取引先とは、おなじく定期的に面談を行います。しかしやっかいなのが、後継者がいない、というときに解決策がない点です。

調達・購買部員としても、次のていどは知っておいてください。まず創業者が後継者を探そうとします。しかし、ご子息はなかなか継ぐことができません。というのも銀行の個人保証を何億円も背負わなければならないからです。ご子息の奥様が反対します。

さらに、ご子息が、その取引先のなかで活躍しているならば別です。違う会社で勤めている場合は、もっと複雑化します。くわえてややこしいのは、多くの取引先は非上場企業ですが、創業者の保有株を買い取ろうとしても、そんなお金を有しない場合がほとんどです。

では、創業者の右腕として活躍してきた副社長はどうでしょうか。おなじく、奥様が反対します。「社長になるのは嬉しいけれど、その代りに、銀行の個人保証を何億円分も背負ってしまうなんて信じられない」というわけです。

そうこうしているうちに創業者が死んでしまうと、ご子息はやむなく、株式の売却を考えます。ただ、現在では、多くの非上場株式は、取締役会の承認がないと売れませんから、ご子息としても、どうしようもありません。

さらに、ご子息が外部の企業に株式を売ろうとすれば、副社長がやってきて、「売却なさるんであれば、取締役は全員で辞職させていただきます」と迫るのです。そうすれば、会社として体をなしませんので、ご子息は断念せざるを得ません。

ここに奇妙な逆転があります。株主が経営者を決める、と教科書はいいます。しかし実際に起きているのは経営陣たちが株主を決めているのです。そして企業評価の教科書には、株式の価格は理論的に決まるとされています。ただ、実際には売りたくても売れないし、売る際にも、価格は恣意的に決まるのです。

絶対的な解決策はありません。だからこそ、社会的な問題になっています。理想は、一族の団結が固く、さらに社長外の経営陣たちもサポートしてくれることです。ただ、このような理想的な状況であれば、そもそも調達・購買部門が問題視することもないでしょう。

あえていえば、解決策は、創業者のご存命中に、どこかの企業に買収してもらうことです。これは調達・購買部門の業務範囲を明確に超えています。まずは社長の知り合いに買収を勧めてくれる企業がないかどうか。なければ、現在では企業間のM&Aを仲介するサービスも出てきています。そこに相談に行くことを勧めるていどはできるはずです。

もちろん、取引先への指導と同時に、私たち調達・購買部門としては、万が一、該当取引先が存在しなくなっても事業を止めないように準備が必要です。すなわち、代替取引先の検索も同時並行で進めておきましょう。

(つづく)

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